概要
60万で渡り、モスクワに入り、そこには誰もいなかった。街が焼け、冬に退いた。帰り着いたのは数万人になる。
場所
モスクワ
55.76°N 37.62°E · ロシア
55.76°N 37.62°E · ロシア
関わった人(1)
ナポレオン・ボナパルトAD1769年8月15日–AD1821年5月5日 · 総指揮本文
大陸封鎖に、ロシアが従わなくなった。
イギリスと交易を再開している。
1812年6月、60万でニェメン川を渡った。
それまでで最大の軍になる。
ロシア軍は、戦わずに退いた。
村を焼き、井戸を埋めながら。
補給が追いつかない。
暑さと病で、戦う前に兵が減っていった。
9月7日、ボロジノ。
一日で7万人が死傷した。
ロシア軍は退いたが、壊れなかった。
9月14日、モスクワ入城。
住民がいない。
その夜から街が燃えた。
ロシア側が火を放ったとされる。
5週間待った。
和議の使者に、返事が来ない。
10月19日、退却を始めた。
来た道を戻るしかなかった。
その道には、もう何も無い。
冬が来た。
ニェメン川に戻れたのは、数万人になる。