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Event / できごと

マルコーニの大西洋横断無線

Marconi's transatlantic signal
AD1901年12月12日
重要度 5

概要

コーンウォールのポルデューから3500キロ、ニューファンドランドのシグナル・ヒルで、凧で上げたアンテナで、モールスの「S」(点3つ)を聞いた。地球は丸いのに電波が届いた(電離層で反射した。当時は知らなかった)。聞こえたか怪しい、と言う人がいる。1909年、ノーベル賞。1912年、タイタニックの遭難信号で700人が助かった。ラジオはここから。

場所

セントジョンズ
47.57°N -52.68°E · カナダ・ニューファンドランド

関わった人(1)

グリエルモ・マルコーニAD1874年4月25日–AD1937年7月20日 · 聞いた

本文

電波は直進する。地球は丸い。3500キロの向こうは、地平線の下200キロ。マルコーニは物理学者に「届かない」と言われた。彼は物理学者ではなかった。

1900年、コーンウォールの崖の上、ポルデューに送信所を作った。出力25キロワット(それまでの100倍)。1901年9月、嵐でアンテナの塔が倒れた。作り直した。11月、ケンプとパジェットを連れて、ニューファンドランドへ。セントジョンズの港を見下ろすシグナル・ヒル。病院の建物を借りた。凧と気球でアンテナを150メートル上げた。気球は風で飛んだ。

12月12日、金曜日。ポルデューに、午後3時から6時(英国時間)に「S」(・・・)を繰り返し送るよう頼んであった。12時30分、イヤホン。「はっきりと、疑いなく、3つのクリック」。ケンプにも聞かせた。「聞こえるか」「聞こえる」。12時30分、1時10分、1時20分、2時20分。

12月14日、発表した。世界中の新聞。エジソンは「本当なら、若者はやった」。ケルヴィン卿は信じた。疑う人もいた。記録装置がなく、イヤホンで、雑音の中で。昼間(電離層は昼間、短い波長には不利)。彼の波長(850メートルと推定)で3500キロは、いまの知識では難しい。聞きたい音を聞いた(空電を「S」と)、と言う人がいる。確かめようがない。翌年、記録装置で3400キロを受信して、それは確かだった。

アングロ・アメリカン電信会社(大西洋ケーブルの独占)が、ニューファンドランドでの実験を止めるよう弁護士を送った。マルコーニはノヴァスコシアへ移った。

電離層。1902年、ヘヴィサイドとケネリーが、大気の上層に電波を反射する層があると考えた。1924年、アップルトンが確かめた。マルコーニの電波は、地球を回ったのでなく、空で跳ねた。

1907年、大西洋横断の公衆無線電信サービス。1909年、ノーベル物理学賞(ブラウンと)。1912年4月15日、タイタニック。マルコーニ社の通信士2人(フィリップスとブライド)が沈むまでCQDとSOSを打ち、カルパチア号が来た。705人。マルコーニは生存者と一緒にニューヨークにいて、通信士の生き残りブライドに会った。「無線のおかげ」。それから船の無線が義務になった。

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