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Event / できごと

王充『論衡』

Wang Chong's Lunheng
AD80年頃
年に諸説あり重要度 4

概要

会稽の貧しい書生が、書店で立ち読みして暗記し、85篇を書いた。「天は意志を持たない」。「雷は火」。「人は死ねば鬼にならない」。「孔子も間違える」。「虚妄を嫌う」。当時は読まれず、200年後に蔡邕が隠して読んだ。中国で最も徹底した懐疑の本。

場所

洛陽
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省

関わった人(1)

王充AD27年–AD97年頃 · 著者

本文

王充は会稽の上虞の貧しい家に生まれた。祖父も父も気が荒く、人に憎まれて土地を移った。洛陽の太学で班彪に学んだが、本を買う金がなく、市の書店で立ち読みして、読んだものを暗記した。地方の小役人を転々とし、辞めた。家に籠もって、壁のあちこちに筆と刀(竹簡を削る)を置き、思いついたら書いた。

『論衡』85篇、20万字。「衡」は秤。「虚妄を疾む」が全篇の動機だと自分で書いた。

天は意志を持たない。人が生まれるのは、夫婦が子を欲しがって交わるからではなく、気が合って自然に生まれるのと同じで、天も万物を意図して作ったのではない。雷は火である。雷に打たれた人は焦げている。天が悪人を選んで打つなら、なぜ善人も打たれるのか。人は死ねば鬼にならない。人が死んで鬼になるなら、太古から死んだ人で道は埋まっているはずだ。孔子も間違える。『論語』の矛盾を並べて問うた。「問孔」篇。孟子も。「刺孟」篇。

読まれなかった。当時の儒教は讖緯(予言)と天人感応で動いていて、王充は異端どころか、相手にされなかった。200年後、蔡邕が会稽で写本を見つけて秘蔵し、話が急に深くなったので人が怪しみ、枕元から本が見つかった、という話がある。

近代になって「中国の唯物論の祖」と呼ばれ、20世紀の中国では教科書に載った。王充は自分がそう呼ばれるとは思わなかった。

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