概要
会稽上虞。孤児で貧しく、洛陽の太学で班彪に学び、書店で立ち読みして暗記した。地方の小役人。『論衡』85篇、30年。「天に意志はなく、雷は火、鬼はいない、孔子も誤る」。家に本がなく、壁に筆を置いて、思いついたら書いた。「虚妄を疾む」。
関わったできごと(1)
王充『論衡』AD80年頃 · 著者本文
会稽の上虞(浙江)。祖父は人と争って土地を追われ、父も気が荒かった。王充は子供のとき、他の子が鳥を捕ったり木に登ったりするのに加わらず、6歳で字を習い、8歳で書館へ。洛陽の太学で班彪(班固の父)に学んだ。貧しくて本を買えず、洛陽の市の書店で立ち読みして、一度読んだものを覚えた。
地方の役所の下級の官を何度か勤め、上司と合わずに辞めた。家に籠もった。「戸を閉じて、思いを潜め、俗の交わりを絶った」。壁のあちこちに筆と刀を置いて、思いついたらその場で書いた。
『論衡』。「天は意志を持たない」。「雷は火だ」。「人は死んで鬼にならない」。「孔子も間違える」。当時の儒教が信じていた讖緯と天人感応と祥瑞を、一つ一つ、証拠を挙げて否定した。文体は素朴で、飾らず、繰り返しが多い。「文は意を伝えればよい。飾りは要らない」と自分で書いた。
『論衡』のほかに『譏俗節義』『政務』『養性』を書いたが、伝わらない。70歳頃、若い頃に学んだ人たちが推薦して、和帝に召されたが、病気で行けなかった。97年頃に死んだ。
生前は読まれなかった。「唯物論の祖」「無神論者」と20世紀に呼ばれた。王充が否定したのは神ではなく、証拠のない話だった。