概要
人質だった王子に投資した商人が、その子が13歳で王になると相国として国を動かした。3000人の食客に『呂氏春秋』を編ませ、王が成人すると追われて自死する。
場所
咸陽
34.33°N 108.71°E · 中国・陝西省
34.33°N 108.71°E · 中国・陝西省
関わった人(1)
呂不韋?–BC235年 · 相国本文
陽翟の大商人だった。
趙で、人質になっている秦の王子を見た。
「奇貨居くべし」。
珍しい品は、買っておくべきだ。
金を注ぎ込んで、その王子を秦の太子の後継に押し込んだ。
自分の妾を王子に与えた、と『史記』は書く。
生まれたのが政。
のちの始皇帝になる。
始皇帝は呂不韋の子だ、という説が ここから出る。
『史記』自身が矛盾する書き方をしていて、 決着はつかない。
王子が王になり、3年で死んだ。
政が13歳で即位する。
呂不韋が相国として国を動かした。
「仲父」と呼ばれる。
3000人の食客を養い、 『呂氏春秋』を編ませた。
咸陽の城門に掲げて、 一字でも直せる者に千金を出すと言った。
王が成人し、母の醜聞が露見した。
追放され、蜀へ送られる途中で毒を飲んだ。