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Event / できごと

呂不韋の摂政

Regency of Lü Buwei
BC247年
重要度 3

概要

人質だった王子に投資した商人が、その子が13歳で王になると相国として国を動かした。3000人の食客に『呂氏春秋』を編ませ、王が成人すると追われて自死する。

場所

咸陽
34.33°N 108.71°E · 中国・陝西省

関わった人(1)

呂不韋?–BC235年 · 相国

本文

陽翟の大商人だった。

趙で、人質になっている秦の王子を見た。

「奇貨居くべし」。

珍しい品は、買っておくべきだ。

金を注ぎ込んで、その王子を秦の太子の後継に押し込んだ。

自分の妾を王子に与えた、と『史記』は書く。

生まれたのが政。

のちの始皇帝になる。

始皇帝は呂不韋の子だ、という説が ここから出る。

『史記』自身が矛盾する書き方をしていて、 決着はつかない。

王子が王になり、3年で死んだ。

政が13歳で即位する。

呂不韋が相国として国を動かした。

「仲父」と呼ばれる。

3000人の食客を養い、 『呂氏春秋』を編ませた。

咸陽の城門に掲げて、 一字でも直せる者に千金を出すと言った。

王が成人し、母の醜聞が露見した。

追放され、蜀へ送られる途中で毒を飲んだ。

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