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Event / できごと

後周世宗の廃仏

Later Zhou persecution of Buddhism
AD955年
重要度 4

概要

五代の最後の皇帝が、寺3336を残して3万を廃し、銅の仏像を溶かして銭にした。「仏は身を捨てて人を救う。銅の像が惜しいはずがない」。三武一宗の最後。世宗は北へ南へ攻めて、39歳で急死した。7歳の子が残り、翌年、趙匡胤が。

場所

開封
34.80°N 114.31°E · 中国・河南省

関わった人(1)

柴栄(後周世宗)AD921年–AD959年 · 皇帝

本文

三武一宗。 「北魏の太武帝。446年。北周の武帝。574年。唐の武宗。845年」。 「後周の世宗。955年」。 柴栄。 「即位の翌年」。 「『寺は、勅額(勅許の額)のあるものだけ。他は廃せ』」。 「『僧尼は、親の許しを。男は15歳以上で経100枚を暗唱、女は13歳以上で70枚』」。 「『身を焼く、指を切る、身を刺す、鉄の鎖を、禁じる』」。 「『銅の像を、50日以内に、官に。銭に鋳る』」。 「3336を残して、3万336を廃した。僧尼6万1200人を残した」。 「『銅の像は、民の銭になる。仏は、身を捨てて、人を救った。一つの像が、惜しいはずがない。私が仏なら、そうする』」。 「『鎮州の大悲寺の観音。銅。誰も、壊せなかった。世宗が、自分で、斧で、胸を』」。 「『世宗の死は、その祟り』。『太祖実録』にはない。宋の話」。 「銭。『周元通宝』」。 「『銅が、なかった。五代。銭が、足りなかった』」。 「北宋。『銅銭』。『世宗の銅』」。 「955年。後蜀。秦、鳳、成、階」。 「956年から958年。南唐。淮南14州。長江まで」。 「959年。遼。瀛、莫、易。燕雲十六州の3つ」。 「『幽州へ』。病気」。 「6月。開封。39歳」。 「『天下を、30年で』」。 「5年半」。 「柴宗訓。7歳」。 「960年正月。陳橋。趙匡胤」。 「『世宗の下で、殿前都点検』」。 「『世宗が、死んだから、宋』」。 「趙匡胤は、柴氏を、殺さなかった。『誓約』。『柴氏の子孫は、罪があっても、殺すな』。『水滸伝』の柴進」。 「『廃仏』」。 「宋は、仏教を、廃さなかった。『銅は、日本から』」。 「三武一宗」。 「最後」。 「『銭のために、仏を溶かした』」。 「『民のために』」。 「『世宗は、仏を、信じていた。だから、溶かせた』」。 「そう言う人も」。

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