← 地図で見る
Event / できごと

禁門の変

Kinmon Incident
1864年8月20日(元治元年7月19日)
重要度 4

概要

長州が京都へ攻め上って敗れ、朝敵とされた。ここから長州は追い詰められていく。

場所

京都
35.03°N 135.76°E · 日本・京都府

関わった人(1)

久坂玄瑞AD1840年–AD1864年8月20日 · 自刃

本文

長州が京都に兵を進め、御所の門をめぐって戦闘になった。 迎え撃ったのは会津・薩摩・桑名の兵である。

御所に向けて発砲したことで、長州は朝敵になった。 名分を失うことは、この時代では武力を失うより重い。

戦火で京都の街が焼けた。 「どんどん焼け」と呼ばれ、 二万数千戸が失われたとされる。

長州はこの後、幕府の征討軍を受け、 藩内では保守派が主導権を握って恭順する。 一度潰れかけたところから、 高杉晋作の挙兵で討幕へ転じることになる。

同じ時代のできごと

モールスの電信AD1844年5月24日ニュージーランド戦争1845年アイルランドのジャガイモ飢饉1845年穀物法の廃止AD1846年6月25日エーテル麻酔の公開AD1846年10月16日米墨戦争AD1847年9月14日ゼンメルワイスの手洗いAD1847年5月セネカ・フォールズ会議AD1848年7月19日