概要
康熙帝が編纂を命じ、三十人の学者が六年で仕上げた。収録は47,035字。部首を214に整理し、画数の順に並べる。この配列が、以後の漢字の辞書の標準になった。日本の漢和辞典も、これに従っている。各字に、反切による発音と、古い辞書からの引用を、時代順に並べた。誤りも多く、後に王引之が2,588か所の訂正を命じられている。皇帝が編纂を主宰することで、文字そのものが国家の管理下に置かれた。異体字の整理は、同時に、標準の制定である。
場所
39.90°N 116.41°E · 中国
関わった人(1)
康熙帝AD1654年–AD1722年 · 命じた本文
**編纂**。
(**1710年、**康熙帝が、命じた**。
**1716年、**完成**。
〈**——**六年**。
**——**総纂官——**張玉書**と**陳廷敬**。
**〈——そして、二人とも、**完成を見ずに死んだ**。**
**張玉書は1711年、陳廷敬は1712年。〉**
**——**その下に、**約三十人の学者**。〉
**——**そして、**帝が、序文を、書いた**。
〈**——**「古今の字書を集め、**その誤りを正し、**永く定まった規範とする」**(要旨)。〉)
**規模**。
(——**収録、**47,035字**。
〈**——**それまでの最大は、**『字彙』**(1615年、梅膺祚)の**33,179字**。
**——**そして、**『正字通』**(17世紀)。
**——**康熙字典は、**その二つを、下敷きにしている**。〉
**——**そして、**この字数が、**長く、「漢字の総数」の目安**として、扱われた**。
〈**——**実際には、**異体字と、一度しか使われていない字**が、大量に含まれる**。
**——**日常に使う字は、**数千である**。〉)
**部首**。
(——**そして、**これが、**最大の遺産である**。
〈**——**214の部首**。
**——**そして、**画数の順**に、並べる**。〉
**系譜**。
〈**——**『説文解字』**(許慎、AD100年頃)——**540部首**。
**〈——字の成り立ち(六書)に基づく、**理論的な分類**である。**
**——そして、**引くのが、難しい**。〉**
**——**そして、**次第に、減っていった**。
**——**『字彙』**(1615年)——**214部首**。
**〈——梅膺祚が、**「引きやすさ」**を優先して、整理した。**
**——理論的な正しさより、実用。〉**
**——**康熙字典が、**それを、採用した**。
**——**そして、**それが、標準になった**。〉
**——**いま**。
〈**——**日本の漢和辞典**が、**この214部首で、並んでいる**。
**——**そして、**Unicodeの漢字の配列**も、**これに基づいている**。
**〈——「康熙部首」という名の、**Unicodeのブロック**が、存在する。**
**〈U+2F00–U+2FDF。〉**
**——三百年前の、皇帝の勅命による整理が、**いまも、コンピュータの中にある**。〉〉**)
**中身**。
(——**各字について**。
〈**(1)**発音**——**反切**(別の二字で示す)と、**韻書での分類**。
**〈——「東、**徳紅切**」。**
**——「徳」の頭子音と、「紅」の残りを、合わせる。〉**
**(2)**意味**——**古い辞書と、経書からの引用**を、**時代順に、並べる**。
**〈——『説文』が、こう言う。**
**——『玉篇』が、こう言う。**
**——そして、『詩経』の、この句に、こう使われている。〉**
**(3)**異体字**——**同じ字の、別の形**。
**(4)そして、**俗字と、誤字**の指摘**。〉
**——**つまり、**「その字が、これまで、どう使われてきたか」**の、**集成である**。
〈**——**定義を、書くのではない**。
**——**用例を、集める**。
**〈——サミュエル・ジョンソンの英語辞典(1755年)**と、**同じ方法である**。**
**——そして、**オックスフォード英語辞典**も。**
**——「辞書とは、用例の集成である」。〉**〉)
**誤り**。
(——**急いだ**。
〈**——**六年**である**。〉
**——**そして、**誤りが、多かった**。
〈**——**引用の出典の誤り**。
**——**引用そのものの誤り**。
**——**そして、**発音の記述の矛盾**。〉
**1827年、**道光帝**が、**訂正を、命じた**。
〈**——**王引之**(考証学者)が、**担当した**。
**——**そして、**2,588か所**の誤りを、指摘した**。
**〈『字典考証』。〉**
**——**それでも、**すべてではない**、と、後に、指摘されている**。
**〈——日本の学者による研究で、**さらに多くの誤りが、見つかっている**。〉**〉)
**意味**。
(——**なぜ、皇帝が、字書を作らせるのか**。
〈**(1)**科挙**。
**——**答案に、**正しい字を、書かなければならない**。
**——**そして、**「正しい字」を、誰かが、決めなければならない**。
**(2)**印刷と、書物の校訂**。
**(3)**そして——**正統性**。
**〈——清は、**満洲人の王朝**である。**
**——「漢の文化を、我々が、最もよく守っている」。**
**——康熙帝は、**『全唐詩』『佩文韻府』『古今図書集成』**、そして**『四庫全書』(乾隆帝)**へ続く、**
**——巨大な編纂事業の、系譜を、始めた。**
**〈そして、**『四庫全書』の編纂は、同時に、**禁書の検閲**でもあった**。**
**——集めることと、消すことが、同じ作業の、表裏である。〉〉**〉
**——**文字を、整理することは、**支配の技術である**。
〈**——**秦の始皇帝の、**「書同文」**から、**同じことが、繰り返されている**。〉)
**そして**。
(——**この辞書の名が、**書体の名にも、なった**。
〈**——**「康熙字典体」**。
**——**日本で、**旧字体**と呼ばれるものの、**規範とされた字形**である**。
**〈——「國」「藝」「廣」。〉**
**——**そして、**1949年の中国の簡体字**と、**1946年の日本の当用漢字**が、**それを、離れた**。
**——**台湾と香港は、**それに、近い形を、保っている**。〉
**——**一つの辞書が、**三百年、**「正しい字とは何か」**の基準であり続け、
**そして、**それを離れるかどうかが、**二十世紀の、国家の選択になった**。)