概要
下田と箱館を開き、鎖国が終わった。対等な条約ではなく、以後の不平等条約の入口になる。
場所
横浜
35.44°N 139.64°E · 日本・神奈川県
35.44°N 139.64°E · 日本・神奈川県
関わった人(1)
マシュー・ペリー1794年–1858年 · 交渉本文
条約の中身は、下田と箱館を開き、漂流民を保護し、 薪水と食料を供給するというものだった。 通商は含まれていない。
つまり、この時点では貿易は始まっていない。 アメリカが欲しかったのは、太平洋を渡る捕鯨船と 将来の蒸気船航路のための寄港地であって、 日本市場そのものではなかった。
それでも決定的だった。 200年以上守ってきた「外国船を追い返す」という原則が、 一度破られると次からは前例になる。 イギリス、ロシア、オランダが同じ内容の条約を続けて結んだ。
そして幕府は、この決定にあたって諸大名に意見を求めた。 自分だけでは決められないと認めたことになる。