概要
チャンパにアンコールを焼かれた4年後、王が奪い返して仏教徒の王になった。城壁の都アンコール・トム。中央にバイヨン。四面の顔が200。病院102、宿駅121。「民の病は王の病」。クメールの最大版図で、最後の大王。
場所
13.41°N 103.87°E · カンボジア
関わった人(1)
ジャヤーヴァルマン7世AD1122年頃–AD1218年頃 · 王本文
1177年。チャンパ。 「トンレサップから、船で」。 「アンコールを、焼いた」。 「王トリブヴァナーディティヤヴァルマンが、殺された」。 ジャヤヴァルマン。 「王族。チャンパで、亡命していた」。 「帰った」。 1178年。「湖の戦い」。「バイヨンの浮彫」。 1181年。「王」。 「仏教徒」。 「それまでは、ヒンドゥー。シヴァ。ヴィシュヌ」。 「アンコール・トム」。 「3キロ四方。壁。堀。5つの門。門の上に四面の顔。橋の欄干に、神と阿修羅が、蛇を引く」。 「バイヨン」。 「中央。54の塔。216の顔」。 「観音。王」。「ローケーシュヴァラ」。 「回廊の浮彫。市場、闘鶏、出産、チャンパとの戦い」。 「タ・プローム。1186年。母のために。プラジュニャーパーラミター」。 「プリア・カーン。1191年。父のために」。 「ニャック・ポアン」。「バンテアイ・クデイ」。 「碑文。『102の病院』。『121の宿駅』。『火の家』」。 「『民の病は、王の病。民の苦しみは、王の苦しみ』。タ・プローム碑文」。 「病院。医者、看護、米、蜂蜜、薬」。 「道。ピマーイまで。チャンパまで」。 「1190年、チャンパを取った。1203年、併合」。 「クメールの最大」。 「働き手。タ・プロームに、7万9365人」。 「30年で、それを、全部、建てた」。 「石が、荒い」。 「急いだ」。 1218年頃。「90歳」。 「ジャヤヴァルマン8世。ヒンドゥーに戻った。仏像を、削った」。 「ジャヤヴァルマン7世の像。頭。プノンペンの博物館。目を閉じて。『瞑想の王』」。 「彼か、どうか」。 「1296年、周達観。『真臘風土記』。『王は、金の窓から』」。 「1431年、アユタヤ」。 「1860年、アンリ・ムオ」。 「四面の顔」。 「どの方向にも、笑っている」。 「王の顔か、観音か。両方」。 「バイヨンの微笑」。