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Event / できごと

ジャヤヴァルマン7世とアンコール・トム

Jayavarman VII and Angkor Thom
AD1181年
重要度 5

概要

チャンパにアンコールを焼かれた4年後、王が奪い返して仏教徒の王になった。城壁の都アンコール・トム。中央にバイヨン。四面の顔が200。病院102、宿駅121。「民の病は王の病」。クメールの最大版図で、最後の大王。

場所

アンコール
13.41°N 103.87°E · カンボジア

関わった人(1)

ジャヤーヴァルマン7世AD1122年頃–AD1218年頃 · 王

本文

1177年。チャンパ。 「トンレサップから、船で」。 「アンコールを、焼いた」。 「王トリブヴァナーディティヤヴァルマンが、殺された」。 ジャヤヴァルマン。 「王族。チャンパで、亡命していた」。 「帰った」。 1178年。「湖の戦い」。「バイヨンの浮彫」。 1181年。「王」。 「仏教徒」。 「それまでは、ヒンドゥー。シヴァ。ヴィシュヌ」。 「アンコール・トム」。 「3キロ四方。壁。堀。5つの門。門の上に四面の顔。橋の欄干に、神と阿修羅が、蛇を引く」。 「バイヨン」。 「中央。54の塔。216の顔」。 「観音。王」。「ローケーシュヴァラ」。 「回廊の浮彫。市場、闘鶏、出産、チャンパとの戦い」。 「タ・プローム。1186年。母のために。プラジュニャーパーラミター」。 「プリア・カーン。1191年。父のために」。 「ニャック・ポアン」。「バンテアイ・クデイ」。 「碑文。『102の病院』。『121の宿駅』。『火の家』」。 「『民の病は、王の病。民の苦しみは、王の苦しみ』。タ・プローム碑文」。 「病院。医者、看護、米、蜂蜜、薬」。 「道。ピマーイまで。チャンパまで」。 「1190年、チャンパを取った。1203年、併合」。 「クメールの最大」。 「働き手。タ・プロームに、7万9365人」。 「30年で、それを、全部、建てた」。 「石が、荒い」。 「急いだ」。 1218年頃。「90歳」。 「ジャヤヴァルマン8世。ヒンドゥーに戻った。仏像を、削った」。 「ジャヤヴァルマン7世の像。頭。プノンペンの博物館。目を閉じて。『瞑想の王』」。 「彼か、どうか」。 「1296年、周達観。『真臘風土記』。『王は、金の窓から』」。 「1431年、アユタヤ」。 「1860年、アンリ・ムオ」。 「四面の顔」。 「どの方向にも、笑っている」。 「王の顔か、観音か。両方」。 「バイヨンの微笑」。

同じ時代のできごと

ナンマドールの造営AD12世紀頃から17世紀まで平氏政権AD1167年トマス・ベケットの殺害AD1170年12月29日高麗の武臣政変AD1170年ヨーロッパの風車AD1180年頃法然の専修念仏AD1175年レニャーノの戦いAD1176年5月29日鹿ケ谷の陰謀AD1177年(治承元年)