概要
ペルシアには9世紀から縦軸の風車があった。ヨーロッパの風車は横軸で、羽が垂直に回る(別の発明、と考えられる)。最初の記録は1180年代、ノルマンディー、ヨークシャー、サフォーク。「ポスト・ミル」(小屋ごと風に向けて回す)。12世紀の終わりから北ヨーロッパの平野に広がった。オランダは風車で水を汲み出して、土地を作った。15世紀に「タワー・ミル」。ドン・キホーテが巨人と間違えた。
場所
51.06°N -1.31°E · イギリス・イングランド
本文
ペルシア(シースターン)に9世紀から確かな記録がある(アル・マスウーディー、947年「風で回る臼」)。縦の軸に、壁で囲った羽が回る。「シースターンの120日の風」。それが中国(13世紀)と地中海(12世紀のスペイン)へ。
ヨーロッパの風車は違う。横の軸に、羽が垂直の面で回り、歯車で縦の軸の石臼を回す。水車の技術(横の軸と歯車)に帆を付けた。ペルシアの風車を真似たのではなく、水車から発明した、と考えられる。
最初の記録。1180年頃、ノルマンディー(サン・ソーヴール・ル・ヴィコント修道院への寄進)。1185年、ヨークシャーのウィードリー。1191年、サフォークのバリー・セント・エドマンズ(修道院長サムソンが、修道院の権利を侵す風車を建てた首席司祭に怒って壊させた。ジョスラン・オブ・ブレイクロンドの年代記)。1180年代に、イングランド、北フランス、フランドルで、ほぼ同時に。誰が最初かは分からない。
「ポスト・ミル」。太い柱の上に小屋全体が載って回る。粉屋が尾の棒で押して、風の向きに合わせる。小屋の中に軸と歯車と臼。13世紀、北ヨーロッパの平野(風が強く、川に落差がない所)に広がった。1300年頃、イングランドに4000基と推定される。15世紀に「タワー・ミル」(石か煉瓦の塔で、上の帽子だけが回る)。
オランダ。15世紀から、風車で干拓地(ポルダー)の水を汲み出した。低い土地の水を、堤防の外の川へ。土地を作った。17世紀、数千基。ザーン地方は製材・製油・製紙の風車の工業地帯(レンブラントの絵の具の粉も、日本へ来た紙も、ここから)。「神が世界を作り、オランダ人がオランダを作った」。
風車は水車より不安定で(風は止まる)、高価で、しかし川のない所に建てられた。粉屋は風を待った。19世紀に蒸気で、20世紀に電気で減った。オランダに約1000基が残っている。キンデルダイク(1740年、19基。世界遺産)。
セルバンテス『ドン・キホーテ』(1605年)第8章。ラ・マンチャの野に、30か40の風車。「あそこに見える、腕の長い巨人たち」。「あれは風車です」。槍を構えて突撃し、羽に巻き上げられて野に投げ出された。この場面が17世紀の初めに書かれたのは、ラ・マンチャの風車がまだ新しかったからだ、と言う人がいる。