できごと

ヨーロッパの風車

Windmills in Europe
AD1180年頃
年に諸説あり重要度 4
北極圏の海獣狩猟民クマン=キプチャク連合フィン・ウゴル系タイガの狩猟採集民アイユーブ朝ムラービト朝キエフ・ルーシサーミ神聖ローマ帝国東ローマ帝国ノルウェールーム・セルジューク朝セルジューク朝ポーランド王国ハンガリー王国スウェーデンブルガール可汗国アランIcelandic CommonwealthPrussiansEnglandケルト系の諸王国Leónデンマークブルゴーニュジョージア王国スコットランドKarakalpaksポロツク公国エルサレム王国フランス王国Dutchy of BeneventoAD1180年頃ウィンチェスター
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1180年頃の版図を描いています(31勢力)。

概要

ペルシアには9世紀から縦軸の風車があった。ヨーロッパの風車は横軸で、羽が垂直に回る(別の発明、と考えられる)。最初の記録は1180年代、ノルマンディー、ヨークシャー、サフォーク。「ポスト・ミル」(小屋ごと風に向けて回す)。12世紀の終わりから北ヨーロッパの平野に広がった。オランダは風車で水を汲み出して、土地を作った。15世紀に「タワー・ミル」。ドン・キホーテが巨人と間違えた。

場所

ウィンチェスター
51.06°N -1.31°E · イギリス・イングランド

本文

風で臼を回す仕掛けは、ヨーロッパより先にペルシアにあった。いまのイランとアフガニスタンの国境に近いシースターンは、夏に強い風が何か月も同じ向きに吹き続ける土地で、10世紀のアラブの地理学者マスウーディーは、そこで風が臼を回していると書いている。この風車は、縦の軸のまわりに羽を付け、壁で風の通り道を作って回すものだった。この形は中国や地中海の一部にも伝わった。

ヨーロッパの風車は、仕組みがまったく違う。横に寝かせた軸に羽を付け、羽は風に正面を向けて縦の面で回る。その回転を歯車で縦の軸に移し、石臼を回す。ローマの時代から使われてきた水車(ドゥームズデイ・ブックの水車)も、横の軸と歯車で臼を回していた。水の代わりに風を受ける帆を付けたのがヨーロッパの風車で、ペルシアの風車を真似たのではなく、水車をもとに別に発明されたと考えられている。

ヘロンの風力オルガン(再現図)
ヘロンの風力オルガン(再現図)Wikimedia Commons W. Schmidt · Public domain

ヨーロッパの風車が文書に現れるのは、1180年代である。1180年ごろ、ノルマンディーの修道院への寄進の記録に風車が出てくる。1185年には、イングランド北部ヨークシャーの、テンプル騎士団の領地の記録に風車がある。ほぼ同じころ、イングランド東部、北フランス、フランドルで、相次いで記録が現れる。誰が最初に作ったのかは分からない。ほんの数十年のうちに、北西ヨーロッパの平野に一気に広がったらしい。

新しい機械は、争いの種にもなった。1191年、イングランド東部のベリー・セント・エドマンズで、ある首席司祭が自分の土地に風車を建てた。それを知った修道院長サムソンは激怒し、すぐに取り壊させた。修道院は領地の粉ひきの権利を持っており、風車が建てば、領民は修道院の水車ではなく司祭の風車に麦を持ち込むからである。修道士ジョスリンの年代記が、この一件を伝えている。風は誰のものか、という問いもあった。風車にも教会への十分の一の税をかけるべきかどうかが争われ、12世紀の末、教皇はかけるべきだと定めた。

小豆島オリーブ公園の風車
小豆島オリーブ公園の風車Wikimedia Commons 663highland · CC BY 2.5

初期の風車は「ポスト・ミル」と呼ばれる。地面に立てた太い柱の上に、軸も歯車も臼も入った木の小屋がまるごと載っていて、柱を中心に回る。粉屋は、小屋の後ろに突き出た長い棒を押して、小屋ごと羽を風の来る方へ向けた。風車は、川に落差がなく水車を据えにくい平らな土地、冬に川が凍る土地、風の強い海辺で重宝された。1300年ごろのイングランドには、数千基の風車があったと推定されている。やがて、石や煉瓦の塔の上で、羽の付いた屋根の部分だけが回る「タワー・ミル」も建てられるようになった。

風車をもっとも大きく使ったのは、オランダの人々だった。国土の多くが海面より低いこの土地では、堤防で囲った低地(ポルダー)にたまる水を、絶えず外の川や海へ汲み出さなければならない。15世紀から、そのための風車が建てられた。17世紀の初めには、技師レーフワーテルが数十基の風車で湖を干し上げ、ベームステルの干拓地を作った。神が世界を作り、オランダ人がオランダを作った、という言い回しは、この国の人々の誇りを伝えている。

風速計
風速計Wikimedia Commons Stefan Kühn · CC BY 3.0

オランダの風車は、粉ひきと排水だけでなく工業の動力にもなった。16世紀の末に風の力で鋸を動かす製材の風車が考え出されると、アムステルダムの北のザーン地方には、木を挽き、菜種から油を搾り、紙をすき、顔料をすりつぶす風車が何百基も立ち並んだ。そこで挽かれた木材は、オランダの船を造る材料になった。

18世紀の半ばに建てられた排水の風車が19基並ぶキンデルダイクは、いま世界遺産になっている。19世紀に蒸気機関が、20世紀に電動のポンプが現れると、風車の多くは役目を終えたが、オランダにはいまも1000基ほどの風車が残る。そして21世紀、風車は電気を起こす巨大な羽に姿を変えて、再び各地の野や海に立ち並ぶようになった。

ダリウス型風車
ダリウス型風車Wikimedia Commons Public domain

1605年に出たミゲル・デ・セルバンテスの『ドン・キホーテ』(『ドン・キホーテ』)で、主人公はラ・マンチャの野に立つ30か40の風車を、腕の長い巨人の群れと思い込む。従者サンチョが、あれは風車で、腕に見えるのは風で回る羽だ、と止めるのも聞かず、槍を構えて突撃し、羽に槍ごと巻き上げられて野に投げ出される。この場面が書かれたころ、ラ・マンチャの風車はまだ珍しい新しい機械だったのではないか、と見る人もいる。

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