概要
ブロンクスの集合住宅、セジウィック街1520番地の集会室。妹の新学期の服を買う資金集めの催しだった。ジャマイカから来たクライヴ・キャンベル(クール・ハーク)は、曲の中で打楽器だけになる短い部分を客が待っていることに気づいた。同じレコードを二枚使い、その部分だけを交互につないで延ばした。「メリーゴーラウンド」。そこで踊る者、そこに言葉を乗せる者が現れた。
場所
40.71°N -74.01°E · アメリカ合衆国
関わった人(1)
クール・ハークAD1955年4月16日–? · 回した本文
**場所**。
**ニューヨーク市、ブロンクス区、セジウィック街 1520番地**。
**集合住宅の、地下の集会室**(recreation room)。
**日**。
**1973年8月11日、土曜日**。
**催しの名**——**「Back to School Jam」**(新学期のための催し)。
**入場料——女性 25セント、男性 50セント**。
(——**主催は、シンディ・キャンベル**、16歳。
**目的は、新学期の服を買う金を貯めること**である。
〈**彼女が、企画し、資金を出し、宣伝の紙を書いた**。
——**ヒップホップの起源を語るとき、しばしば省かれる**。〉
**音を出したのが、兄のクライヴ**である。)
**人**。
**クライヴ・キャンベル**(1955年生)。
**ジャマイカ、キングストンの生まれ**。**1967年、12歳でブロンクスへ移った**。
(**あだ名——「ヘラクレス」**。背が高く、体格がよかった。
**それを縮めて、「ハーク」**。
そして、**Kool Herc**(クール・ハーク)。)
**持ち込んだもの**。
**(1)サウンドシステム**。
(**ジャマイカの流儀である**。
——**巨大なスピーカーを積んで、街頭で音を鳴らす**。
**セレクター**(レコードを選ぶ者)と、**ディージェイ**(その上で語る者)。
〈**音の大きさそのものが、看板だった**。
**ハークのシステムは「ヘラクロード」(Herculords)と呼ばれた**。
**父のコロシアム用のスピーカーを、使った**。〉)
**(2)そして、観察**。
**「ブレイク」**。
(——**ファンクの曲の中で、歌も旋律も消えて、打楽器とベースだけになる、数秒から十数秒の部分**。
**ハークは、気づいた**。
**踊っている者たちが、その部分を待っている**。
**そして、そこで、いちばん激しく踊る**。
**しかし——すぐ終わる**。)
**(3)メリーゴーラウンド**。
**同じレコードを、二枚用意する**。
**一枚目のブレイクが終わる前に、二枚目のブレイクの頭に、針を落として、切り替える**。
**そして、一枚目を、頭に戻す**。
**これを、繰り返す**。
**——ブレイクが、終わらなくなる**。
(**5秒の部分が、5分になる**。
〈**技術的には、粗かった**。
**拍が、揃わない**(ビートマッチングは、後にグランドマスター・フラッシュが確立した)。
**それでも、効果があった**。〉)
**そこで踊る者を、彼は「break boys」——**b-boys**——と呼んだ。
(**そして、b-girls**。
——**後に「ブレイクダンス」と呼ばれるものが、ここから出た**。
〈**当時の踊り手は、その語を嫌った**。「ブレイキング」あるいは「ロッキング」と呼んだ。〉)
**四つの要素**。
(——**後に、アフリカ・バンバータらによって、こう整理された**。
**(1)ディージェイイング**(レコードを回す)。
**(2)エムシーイング**(言葉を乗せる)。
〈**最初は、ただの合いの手だった**。**踊りを煽り、友人の名を呼ぶ**。
——**コーク・ラ・ロック**が、ハークの相方だった。
**それが、次第に、韻を踏む長い言葉になった**。〉
**(3)ブレイキング**(踊る)。
**(4)グラフィティ**(描く)。
〈**これは、既に別に存在していた**。地下鉄の車両に、名前を書く。
——**TAKI 183**(1971年、ニューヨーク・タイムズが取り上げた)。〉
**そして、しばしば「第五の要素」として、「知ること」**(knowledge)が加えられる。)
**背景**。
**なぜ、ブロンクスか**。
**(1)クロスブロンクス高速道路**。
(**1948年から1972年**、**ロバート・モーゼズ**が、**ブロンクスを東西に貫く高速道路**を通した。
——**既存の街区を、まっすぐ切り裂いた**。
**約60,000人が、立ち退かされた**。
**中産階級が、去った**。
〈**残ったのは、去る余裕の無い人々である**。〉)
**(2)火事**。
(**1970年代、サウス・ブロンクスで、大量の建物が焼けた**。
**多くが、家主による保険金目当ての放火**とされる。
〈**建物の価値が、保険金より下がっていた**。
**1970年から1980年で、サウス・ブロンクスの一部の地区は、住宅の97%を失った**。〉
**1977年、ワールドシリーズの中継中、球場の上空から火事が映った**。
**アナウンサーが言った、とされる言葉**——**「みなさん、ブロンクスが燃えています」**。
〈**実際にその通り言ったかは、記録上、確認できていない**。それでも、この一文が、時代の記憶になった。〉)
**(3)音楽の授業が、消えた**。
(**1970年代のニューヨーク市の財政危機**。
**学校の音楽教育の予算が、削られた**。
——**楽器が、無い**。
**だから、レコードが、楽器になった**。
〈**この因果は、しばしば指摘されるが、単純化でもある**。それでも、要因の一つではある。〉)
**(4)ギャング**。
(**1971年、ホーヘスト・スーパーマーケットの停戦**。
——**ブロンクスの主要なギャングが、休戦の合意をした**。
**その後、抗争の一部が、踊りと音の競い合いに置き換わった**、と語られる。
〈**アフリカ・バンバータ**は、元ギャング(ブラック・スペーズ)の一員だった。
**彼が「ズールー・ネイション」を作った**。〉)
**広がり**。
**1973年から1979年まで、これは、録音されなかった**。
(——**公園と、集会室と、体育館の、その場かぎりの出来事だった**。
**残っているのは、カセットテープである**。
〈**その場で録音され、手から手へ渡った**。〉)
**1979年10月**、**シュガーヒル・ギャング『Rapper's Delight』**。
(——**最初の商業的な成功**。
**ただし、この三人は、ブロンクスの現場の人間ではない**。
〈ニュージャージーで、レコード会社の女性経営者シルヴィア・ロビンソンが、集めた。
**歌詞の一部は、グランドマスター・キャズのノートから取られている**。
**彼は、名前を載せられなかった**。〉
**それでも、これで、世界に届いた**。)
**1982年、グランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイヴ『The Message』**。
(——**踊るための曲ではない**。
**「ここは、まるでジャングルだ。ときどき、どうやって正気を保っているのか分からなくなる」**。
〈**ヒップホップが、状況を語る言葉になった、最初の代表作**とされる。〉)
**その後**。
**世界で、最も聞かれる音楽の一つになった**。
(**2017年、アメリカで、ヒップホップ/R&Bが、ロックを抜いて、最も消費されるジャンルになった**。
——**そして、あらゆる国に、その土地の言葉のヒップホップがある**。)
**ハーク**。
**その富を、ほとんど受け取っていない**。
(**1977年、自分の催しで、刺された**。
**以後、表に出ることが減った**。
**2011年、健康を害し、医療費が払えず、支援が呼びかけられた**。
〈**アメリカに、国民皆保険が無いためである**。〉
**2023年、ロックの殿堂入り**。
**そして——セジウィック街1520番地**。
**2007年、国家歴史登録財の候補として認められた**(登録そのものには至っていない)。
**いまも、人が住む集合住宅である**。)