概要
リンカンシャーの大工の子で、独学の時計職人ジョン・ハリソンが、31年かけて4台を作った。H1からH3は大きな機械。H4は直径13センチの懐中時計だった。1761年、ジャマイカまでの81日の航海で、遅れは5秒。経度にして誤差は数キロ。委員会は賞金を渋り、条件を足し続けた。1773年、80歳の彼は国王ジョージ3世の口添えで、ようやく相当額を受け取った。賞金そのものは、誰にも与えられなかった。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
関わった人(1)
ジョン・ハリソンAD1693年4月3日–AD1776年3月24日 · 作った本文
**ジョン・ハリソン**。1693年、ヨークシャーの大工の子。学校教育をほとんど受けていない。
20歳で、最初の振り子時計を作った。歯車も、部品も、ほとんど木製。理由は、彼が木工の職人だったからだが、結果として利点があった。**癒瘡木(リグナムバイタ)**——自然に油分を含む極端に硬い木——を軸受に使えば、潤滑油が要らない。当時の油は劣化し、時計の狂いの主因だった。
彼が20代で発明したもの。
**グリッドアイアン振り子**。真鍮と鋼は温度による伸びが違う。両方を交互に組み合わせ、一方が伸びると他方が押し戻すようにすれば、全体の長さが変わらない。
**グラスホッパー脱進機**。摩擦が極端に小さく、油が要らない。
彼の作った塔時計は、当時としては桁違いの精度(1か月に1秒)だった。
**1730年**、ロンドンへ出て、王室天文官ハリーに会い、時計職人ジョージ・グレアムに紹介された。グレアムは、この田舎の職人の設計を見て、自費で200ポンドを貸した(無利子、期限なし)。
**H1**(1730〜1735年)。真鍮と木。重さ34kg。振り子の代わりに、二つの錘のついた棒を、ばねで連結して逆方向に振らせる(船が揺れても、二つが同時に同じ影響を受けるので打ち消し合う)。
1736年、リスボンへの往復で試験。帰路、船の位置を約100km修正させた。委員会は「有望」と認め、改良のために500ポンドを与えた。
**H2**(1737〜1740年)。完成した後、彼は自分で欠陥に気づき、試験を申し出なかった。
**H3**(1740〜1759年)。19年かけた。753個の部品。バイメタル(二種の金属を貼り合わせた温度補正装置。彼の発明で、いまも温度計とサーモスタットに使われている)と、ケージド・ローラー・ベアリング(現代のボールベアリングの祖先)を、ここで作った。
しかし、精度は足りなかった。
**H4**(1755〜1759年)。
彼は方針を捨てた。大きな機械ではなく、**直径13cm、重さ1.45kgの、大きな懐中時計**。毎秒5振動の速い天符。ダイヤモンドとルビーの軸受。
「私は、これほど美しいものが他にあるとは思わない」と、67歳の彼は書いた。
**試験**。1761年11月、息子ウィリアムがH4を持ってジャマイカへ渡った。81日と5時間の航海の後、誤差は**5.1秒**。経度にして1.25分、赤道上で約2.3km。要求(30分以内)を、桁違いに上回った。
委員会は、賞金を出さなかった。「まぐれかもしれない」。
再試験(1764年、バルバドス)。誤差39.2秒。要求の3倍の精度。
それでも出さなかった。条件が追加された。時計を分解して構造を全部公開すること。同じものを他人が作れることを示すこと。二台の複製を提出すること。
**マスケリン**。1765年、新しい王室天文官ネヴィル・マスケリンが委員会に加わった。彼は月距法の推進者であり、自らその方法で経度を出す本を書き、『航海暦』を編纂していた。利害関係のある審査員である。
彼はバルバドスの試験で、H4の管理を任され、そして時計に不利な報告を書いた。
1765年、委員会は賞金の半額(1万ポンド)を、H1〜H4の全ての設計図の提出と引き換えに支払うと決めた。ハリソンは、渋々応じた。
1766年、H4は分解され、マスケリンに引き渡された。彼はそれを不適切に扱い(ぜんまいを巻いたまま横に置いた、と息子ウィリアムが抗議している)、精度が出ないと報告した。
**K1**。時計職人ラーカム・ケンドールが、委員会の依頼でH4の複製を作った。1772〜75年、クックの第2回航海に積まれた。クックは絶賛した。「我々の忠実な案内人」。
**決着**。1772年、79歳のハリソンは、国王ジョージ3世に直訴した。国王は自らの天文台でK1の試験を行い、「この男は、ひどい目に遭わされた」と言った、と伝わる。
1773年、議会が特別法で8750ポンドを支給した。経度法の賞金としてではない。
賞金2万ポンドは、結局、誰にも与えられなかった。
1776年3月24日、83歳の誕生日に死んだ。
**その後**。クロノメーターは量産され、19世紀の海運の標準になった。H1〜H4は、グリニッジの国立海洋博物館にある。H1、H2、H3は、いまも動いている(H4は、ぜんまいの摩耗を避けるため止めてある)。