概要
アラウンパヤーがビルマを再統一し、アユタヤを落とすまでになった。三度の戦争でイギリスに敗れ、1885年に王が象に乗せられて連れ去られる。
場所
マンダレー
21.96°N 96.09°E · ミャンマー
21.96°N 96.09°E · ミャンマー
本文
1752年、モン人の軍が上ビルマの都を落とした。 村長のアラウンパヤーがそれを認めず、村を要塞にして抵抗を始める。
数年で全土を取り返し、新しい王朝を開いた。 1767年、その子がアユタヤを攻め落とす。 400年続いたタイの都が焼かれ、記録の多くが失われた。
コンバウン朝は、清との戦争を四度しのぎ、 西へ伸びてアッサムとマニプルまで手を出した。
そこでイギリス領インドとぶつかる。 第一次(1824年)、第二次(1852年)、第三次(1885年)。 三度の戦争で、ビルマは南から順に削られていった。
1885年11月、最後の王ティーボーと王妃が、 牛車に乗せられてマンダレーの宮殿を出た。 沿道の人びとが見ていたと記録にある。 インドへ流され、そこで死んだ。
ビルマはインド帝国の一州として統治される。 独立するのは1948年になる。