概要
清盛が天皇と院を連れて、自分の別荘のある福原へ都を移した。大輪田泊。宋との貿易の港。公家も僧も反対し、東国で頼朝が挙兵し、半年で京に戻った。『方丈記』の鴨長明が「都遷り」の混乱を書いた。
場所
福原
34.68°N 135.17°E · 兵庫県神戸市
34.68°N 135.17°E · 兵庫県神戸市
関わった人(1)
平清盛AD1118年–AD1181年 · 移した本文
福原。神戸。 清盛の別荘。1169年から。「福原の雪見御所」。 大輪田泊。奈良時代から。1173年、経が島。「人柱の代わりに経を書いた石」。 「宋の船が、瀬戸内海の奥まで」。 1180年6月2日。 「安徳天皇、高倉上皇、後白河法皇」。 「行幸」。 「都遷り」。 「公卿は、京の家を、壊して、筏で運んだ」。 『方丈記』。「治承四年水無月のころ、にはかに都遷り侍りき。いと思ひの外なりし事なり。(略)古京はすでに荒れて、新都はいまだ成らず」。 「家は、なく、人は、野に」。 「和田京」。「福原京」。「都の形にならなかった」。 「和田の地は狭く、条坊が引けない」。 8月、頼朝。 9月、義仲。 10月、富士川。 11月。「京に戻る」。 11月26日。 「半年」。 「なぜ」。 「延暦寺と興福寺から離れる」。「宋との貿易を国の中心に」。「院と公家から離れる」。 「平家の都」。 「清盛は、自分の港に、天皇を置こうとした」。 「日本で最初の、商業の都」。 「そう読む人が」。 「失敗した」。 1181年閏2月、清盛が死んだ。 1183年7月、平家は都落ちして、福原に寄って、焼いた。 「福原は、自分たちで焼いた」。 1184年2月、一ノ谷。福原の裏。 「福原京」。 「神戸市中央区」。 「雪見御所旧跡」の碑。 「湊川神社の近く」。 「楠木正成の神社」。 1868年、神戸開港。 「大輪田泊の、700年後」。