イシドルス『語源』
概要
セビリアの司教が、古代の知識を全部、20巻に。文法、医学、法、神、動物、宇宙、船、道具、食べ物。「語の起源を知れば物が分かる」。ほとんどが誤りで、中世で最も読まれた本。1000の写本。「最後の教父」。インターネットの守護聖人。
場所
37.39°N -5.98°E · スペイン
関わった人(1)
セビリアのイシドルスAD560年頃–AD636年4月4日 · 著者本文
セビリアのイシドルスは、6世紀の後半、イベリア半島の南の有力な家に生まれた。半島は当時、ゲルマン人の西ゴート王国が治めていた。兄のレアンデルはセビリアの司教で、589年、アリウス派を信じていた西ゴートの王レカレドをカトリックに改宗させた(西ゴートのカトリック改宗)。もう一人の兄フルゲンティウスも司教、姉フロレンティナは修道女となり、四人はいずれも後に聖人とされた。イシドルスは兄に育てられ、600年ごろ、兄の後を継いでセビリアの司教となった。
イシドルスが生きたのは、西ローマ帝国が消えてから100年あまり後の時代である。ラテン語の書物を読める人は減り、古代の学問は散らばって失われかけていた。彼は、古代の知識を集めて整理し、聖職者たちが学べる形で残そうとした。友人のサラゴサの司教ブラウリオに勧められて取り組んだのが、『語源』(エティモロギアエ)である。

その中身は、文字どおりあらゆることに及ぶ。文法、修辞学と弁証法、算術・幾何・音楽・天文学から始まり、医学、法と年代、書物と教会の務め、神と天使、教会と異端、言語と民族、人間と怪物、動物、宇宙、地球、建物と土地、石と金属、農業、戦争と遊び、船と家と衣服、食べ物と道具。のちに20巻に分けられたこの書は、中世の最初の百科事典と呼ばれる。
方法は書名に表れている。物の名の由来を知れば、その物の本質が分かる、とイシドルスは考えた。人間(ホモ)は土(フムス)から作られたからそう呼ばれる。王(レクス)は正しく(レクテ)治めることから名づけられた。正しく治めれば王であり、そうでなければ王ではない。このような説明が無数に並ぶ。今日の言語学から見れば、その多くは語呂合わせに近い誤りである。だがイシドルスにとって、言葉は世界の秩序を映す鏡だった。

材料の多くは、古代の著作から取られた。大プリニウスの『博物誌』、ソリヌス、ウェルギリウスの注釈者セルウィウス、カッシオドルスなどである。今では失われたスエトニウスの著作などは、イシドルスの抜き書きを通してしか内容が分からない部分もある。犬の頭をした人、一本の大きな足を日傘にする人、目が一つの人といった、遠い土地の奇妙な人々も、古代の書物からそのまま受け継がれた。
地理の巻には、世界をアジア、ヨーロッパ、アフリカの三つに分ける説明がある。写本では、円の中にTの字を描いて三つの大陸を表す図が添えられた。「T-O図」と呼ばれる中世の世界図の典型で、1472年にアウクスブルクで刷られた版の図は、ヨーロッパで印刷された最初の地図の一つとされる。イシドルスが大地を球と考えていたのか、平らな円盤と考えていたのかは、文章からはどちらとも読めて、研究者の間で議論がある。

イシドルスは636年に死に、『語源』は未完のまま残された。ブラウリオがそれを整え、巻に分けて世に出した。書物はたちまち広まり、今も1000点ほどの写本が残る。中世を通じて最もよく読まれた本の一つであり、修道院の図書室には必ずといってよいほど置かれた。カール大帝の宮廷で学問を復興させたアルクィンたちも、イングランドのベーダも、イシドルスに学んだ。ダンテ・アリギエーリは『神曲』の天国篇で、太陽の天に輝く賢者の一人として、ベーダと並べてイシドルスの名を挙げている。
イシドルスはほかにも、西ゴート人の歴史や、自然についての書を残し、633年のトレド公会議を主宰して、西ゴートの王国の教会の決まりを整えた。彼の死から80年足らずで、王国はイスラームの軍に滅ぼされる。古代の学問はその後、別の道筋、アラビア語への翻訳を通しても西ヨーロッパに戻ってくるが、それまでの数百年、ラテン世界の知の土台となったのはイシドルスの集めた知識だった。

「最後の教父」「中世の最初の教師」と呼ばれ、1722年には教会博士とされた。近年は、世界の知識を一つにまとめようとした人として、インターネットの守護聖人に推す声もある。ただし、教会が正式に定めたものではない。間違いも含めて、手に入るすべての知識を一か所に集めようとした試みは、形を変えて今も続いている。