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Event / できごと

ウフドの戦い

Battle of Uhud
AD625年3月
重要度 4

概要

バドルの翌年、メッカの3000がメディナに来た。ムハンマドは山の麓に700。弓兵が戦利品を取りに持ち場を離れ、ハーリドの騎兵が回った。ムハンマドは歯を折られ、叔父ハムザは殺されて肝臓を噛まれた。負けた。それでも、メディナは残った。

場所

ウフド
24.50°N 39.61°E · サウジアラビア・メディナ

関わった人(1)

ムハンマドAD570年頃–AD632年 · 負傷

本文

ヒジュラ3年。625年3月23日。 バドルの1年後。 「アブー・スフヤーン。3000。ラクダ3000。馬200」。 「ヒンド。アブー・スフヤーンの妻。バドルで父と兄弟を失った」。 ウフド。メディナの北。山。 「ムハンマドは、街で待つつもりだった。若者が『出て戦おう』」。 1000。 「アブドゥッラー・イブン・ウバイイ。300人を連れて、帰った。『私の言うことを聞かなかった』」。 700。 「弓兵50人。丘に。『何があっても、動くな』」。 「最初、勝っていた」。 「メッカの兵が、逃げた」。 「弓兵が、戦利品を見て」。 「40人が、降りた」。 「ハーリド・イブン・アルワリード。騎兵。後ろから」。 「ムスアブ・イブン・ウマイル。ムハンマドに似ていた。殺された。『ムハンマドが死んだ』」。 「ムハンマド。石。兜の輪が頬に。歯が折れた」。 「アリー。タルハ。アブー・ドゥジャーナ」。 「山へ」。 「ハムザ。ムハンマドの叔父。『神の獅子』。ワフシー。アビシニアの奴隷の槍。ヒンドが肝臓を噛んだ、と」。 「70人」。 「アブー・スフヤーン。『ウッザーよ、高くあれ』。ウマル。『神は、もっと高い』」。 「『来年、バドルで』」。 「メッカは、メディナを攻めなかった。帰った」。 「クルアーン。3章。『あなたたちが、負けたのは、命令に背いたから』」。 「『神は、あなたたちを、試した』」。 「ハムザの墓。ウフド」。 「ウフドの山。『我々を愛し、我々が愛する山』」。 「627年、塹壕。628年、フダイビーヤ。630年、メッカ」。 「ハーリドは、629年に改宗した。『神の剣』」。 「ヒンドも、630年に」。 「ワフシーも。後に、ムサイリマを、同じ槍で」。 「負けた戦いが、勝った戦いより、多く語られた」。 「弓兵」。 「持ち場を離れるな」。

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