道元の永平寺
概要
宋から帰った道元は「只管打坐」、ただ坐れ、と説いた。京で比叡山に嫌われ、越前の山に寺を建てた。「永平」は中国に仏教が来た年号。『正法眼蔵』95巻。「現成公案」。「有時」。時間と存在を書いた最初の日本語の哲学。
場所
36.05°N 136.35°E · 福井県永平寺町
関わった人(1)
道元AD1200年1月26日–AD1253年9月22日 · 開いた本文
道元は1200年、京都の公家の家に生まれた。父は内大臣の久我通親とされ(その子の通具とする説もある)、母は摂政を務めた藤原基房の娘と伝えられる。だが3歳で父を、8歳で母を失った。母の葬儀で、香の煙が立ちのぼって消えていくのを見て、世の無常を深く感じたという。13歳で比叡山に上って出家し、天台の教えを学んだ。
比叡山で、若い道元は一つの問いに行き当たった。天台の教えでは、人はもともと仏の性を備えているとされる。それならば、なぜ過去の仏たちは、わざわざ心を奮い起こして厳しい修行をしたのか。山の学僧たちの答えに満足できなかった道元は、山を下り、やがて京都の建仁寺で、栄西の弟子の明全に学んだ。栄西が宋から伝えた禅である(栄西と臨済宗)。

1223年、24歳の道元は明全とともに宋へ渡った。上陸を待つ船の中で、彼は日本の椎茸を買いに来た老僧と出会う。寺の食事を司る典座の役の僧だった。道元が、年老いてなぜ坐禅や経典の学びではなく炊事の仕事をしているのかと尋ねると、老僧は笑って、あなたはまだ修行とは何か、文字とは何かを分かっていない、と答えた。天童山では、炎天下で汗を流して海藻を干している老いた典座に、なぜ若い者にやらせないのかと問うと、他人は自分ではない、と返された。道元は、食事を作ることも掃除することも、日々の暮らしのすべてが修行であることを、こうした出会いから学んでいった。のちに書いた『典座教訓』には、米を研ぎ、菜を洗う心構えまでが細かく記されている。
各地の寺を訪ねて師を探した道元は、1225年、天童山で如浄に出会った。如浄は、ひたすら坐ることを説く厳しい師だった。ある日の坐禅の最中、居眠りする僧を如浄が叱りつけた言葉を聞いて、道元は大きな悟りを得たと伝えられる。それを道元は「身心脱落」と言い表した。身も心も抜け落ちる、という意味である。同じ年、ともに渡った明全は宋の地で病に倒れて死んだ。

1227年、道元は日本に帰った。何を持ち帰ったかと問われ、何も持たずに帰ってきた、ただ、目は横に、鼻は縦についていると知っただけだ、と語ったと伝えられる。経典や仏具ではなく、当たり前の真実を、当たり前に見ることを持ち帰ったというのである。帰国してすぐ『普勧坐禅儀』を著し、坐禅こそが仏の教えの正しい入口であると説いた。1230年代、京都の南の深草に興聖寺を開き、多くの弟子を集めた。
道元の教えの核は「只管打坐」、ただひたすら坐ることである。何かを得るために坐るのではない。坐ることそのものが、すでに悟りの姿である。修行と悟りは別のものではなく一つだという「修証一等」の考えは、比叡山で抱いた問いへの、道元なりの答えだった。

その思索は、主著『正法眼蔵』に、和文で書き記された。1233年に書かれた「現成公案」の巻には、仏の道を学ぶとは自己を学ぶことであり、自己を学ぶとは自己を忘れることであり、自己を忘れるとは万物に悟らされることである、という一節がある。1240年の「有時」の巻では、時間とは存在そのものであり、存在はすべて時間である、時はただ飛び去っていくものだと理解してはならない、と説いた。漢文ではなく日本語で、時間や存在、自己という問題を突き詰めたこの書物は、のちに日本の思想の中でも類のないものとして読まれるようになる。
道元の名が高まるにつれ、比叡山からの圧迫も強まった。1243年、道元は弟子たちを連れて京都を離れ、越前の豪族波多野義重の招きで、その領地の山深い地に移った。翌1244年に大仏寺を開き、1246年にこれを永平寺と改めた。永平とは、中国に初めて仏教が伝わったとされる後漢の明帝の時代の年号である。1247年には執権の北条時頼に招かれて鎌倉へ赴き、半年ほど教えを説いた。時頼は寺を建てて寄進しようとしたが、道元は受けずに越前の山へ戻ったと伝えられる。

1253年、道元は病が重くなり、療養のため京都へ出て、その年の8月に世を去った。54歳(数え)だった。『正法眼蔵』は書き継がれる途中で終わり、いくつもの編み方の本が伝わっている。弟子の懐奘は、師の日々の言葉を『正法眼蔵随聞記』に書き留めた。道元が開いた曹洞宗は、のちの弟子たちが地方の武士や民衆に広め、いまでは1万4000を超える寺を持つ、日本で最も寺の多い宗派の一つになっている。20世紀に入ると、哲学者の和辻哲郎が『沙門道元』で道元の思想を世に紹介し、時間と存在を論じたその言葉は、西洋の哲学と並べても読まれるようになった。