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Event / できごと

ルビコン渡河

Crossing the Rubicon
BC49年1月10日
重要度 5

概要

軍を率いて属州の境を越えた時点で内戦が始まった。渡ったとされる川の比定には諸説ある。

場所

ルビコン川位置は特定されていない(誤差 ±15km)
44.09°N 12.40°E · イタリア・エミリア=ロマーニャ州(比定に諸説)

関わった人(1)

ガイウス・ユリウス・カエサルBC100年7月12日(13日説あり)–BC44年3月15日 · 当人

本文

属州の総督は、任地の外へ軍を率いて出てはならない。 ルビコン川はガリア属州とイタリア本土の境で、 そこを軍とともに渡ることは、共和国に反旗を翻すことを意味した。

カエサルが「賽は投げられた」と言ったと伝わるのは、 ギリシア語の喜劇の一節を引いたものだったという。 プルタルコスはギリシア語で、スエトニウスはラテン語で書き留めていて、 どちらが実際の言葉だったのかは決められない。

軍勢は一個軍団だったとされる。少なすぎるが、 だからこそ元老院は不意を突かれた。ポンペイウスはローマを捨てて 東へ逃れ、内戦が始まる。

この川がどれかは、実はいまも確定していない。 候補は複数あり、この年表でも位置に幅を持たせてある。

動画(2)

Caesar Crosses the Rubicon (52 to 49 B.C.E.)Historia Civilis渡河そのものより、その前の3年の政治交渉に時間を割いている。なぜ引き返せなくなったかが分かる
渡れば反逆、止まれば破滅。カエサル軍、ルビコン川での決断。【COTEN RADIO#150】歴史を面白く学ぶコテンラジオ_COTEN RADIOなぜ引き返せなかったのかを、元老院との駆け引きから説明する

出典(3)

スエトニウス ローマ皇帝伝ユリウス 31–32
塩野七生 ローマ人の物語IV ユリウス・カエサル ルビコン以前
E・H・カー(清水幾太郎 訳) 歴史とは何か第1講 歴史家と事実(なぜこの渡河だけが事実になったか)

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