概要
ユダヤの王家の兄弟争いに呼ばれ、神殿の丘を三か月囲んで安息日に落とした。至聖所に入って、何も無いのを見た。ユダヤはローマの属国になり、以後、ローマから離れられない。
場所
エルサレム
31.77°N 35.21°E · イスラエル/パレスチナ
31.77°N 35.21°E · イスラエル/パレスチナ
関わった人(1)
ポンペイウスBC106年9月29日–BC48年9月28日 · 将軍本文
ハスモン朝の女王アレクサンドラが死に、 二人の息子ヒルカノスとアリストブロスが争った。 どちらもシリアにいたポンペイウスに金を持って行った。 ポンペイウスはダマスクスで両方の言い分を聞き、決めなかった。 アリストブロスがエルサレムに籠り、 ポンペイウスが攻めた。
BC63年。 街はヒルカノスの側が開けた。 神殿の丘にアリストブロスの側が籠った。 三か月。 ローマ軍は安息日に土塁を築いた。 ユダヤ人は安息日に攻撃されなければ戦わない、と知っていた。 落ちた日に1万2000人が死んだ、とヨセフスは書く。 祭司は犠牲を続けたまま殺された。
ポンペイウスは至聖所に入った。 大祭司しか、年に一度しか入れない場所。 何も無かった。 金の机と燭台と香料と2000タラントの金があったが、 持ち出さなかった。 翌日、神殿を清めさせた。
ヒルカノスを大祭司にし、王の称号は与えなかった。 ユダヤの領土を縮め、貢納を課した。 アリストブロスと息子たちを凱旋式でローマに引き回した。 その捕虜たちが、ローマのユダヤ人共同体の始まりになる。
ローマはユダヤに来て、それから130年で神殿を壊し、 その後もずっといた。 イエスの時代のユダヤは、この日から始まっている。