できごと

オーストラリアの大型動物の絶滅

Extinction of the Australian megafauna
約4万5000年前
年に諸説あり重要度 4
約4万5000年前カラボナ湖(位置は特定されていない)
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っている約4万5000年前の版図を描いています。

概要

体重2トンの有袋類も、5mを超えるトカゲも、人が着いてから数千年のうちに消えた。気候のせいか人のせいか、いまも決着していない。

場所

カラボナ湖位置は特定されていない(誤差 ±50km)
-29.70°N 140.10°E · オーストラリア・南オーストラリア州

本文

氷期のあいだ、海面はいまより100メートル近く低かった。オーストラリアとニューギニアとタスマニアは陸続きになり、サフルと呼ばれる一つの大陸を作っていた。それでも、アジアの側の島々とのあいだには、最も狭いところでも数十kmの海が残っていた。人がこの海を越えたのは、5万年ほど前か、それより前のことになる(サフルへの渡海)。6万5000年前とする報告もあるが、年代には異論が多い。

着いた人びとが目にしたのは、ほかのどの大陸とも違う動物たちだった。何千万年ものあいだ、ほかの大陸から切り離されていたこの大陸では、有袋類が独自の進化をとげていた。体重2トンを超える、サイほどの大きさの有袋類ディプロトドン。体高2メートルに達し、顔の短い巨大なカンガルー。木の上から獲物に飛びかかる、強い顎を持った有袋類のライオン。角のあるカメ、巨大なハリモグラ。体長5メートルを超えるとも言われるオオトカゲ。人の背丈を超える、飛べない巨鳥ゲニオルニス。

ナラコート洞窟(南オーストラリア)のフクロライオンの骨格
ナラコート洞窟(南オーストラリア)のフクロライオンの骨格Wikimedia Commons Karora · Public domain

その大半が、人が着いてから数千年から1万数千年のうちに消えた。体重45kgを超える動物の属のうち、9割ほどが同じ時期に途絶えている。2001年に発表された研究は、大陸の各地の化石の年代をそろえて測り直し、絶滅がおよそ4万6000年前ごろ、大陸全体でほぼ同時に起きたと結論づけた。ただ、この年代にも幅があり、一気に消えたのか、何千年もかけて減っていったのかは、まだ議論がある。

南オーストラリアの内陸にある干上がった塩の湖、カラボナ湖では、19世紀の終わりに、数百頭ものディプロトドンの骨がまとまって見つかった。湖の泥にはまり込んで抜け出せずに死んだらしく、骨格が立ったままの姿勢で残っているものもある。この大陸の大型動物がどんな姿をしていたかを伝える、最も豊かな化石の産地の一つになっている。

ジゴマトゥルスの復元図
ジゴマトゥルスの復元図Wikimedia Commons Nobu Tamura ( http://spinops.blogspot.com ) · CC BY 3.0

原因として挙げられるのは、主に二つだ。一つは気候。最後の氷期に向かって大陸は乾燥し、湖が干上がり、草や木が減った。もう一つは人。新しくやって来た狩人たちが、人を恐れることを知らない大型の動物を狩り尽くした。あるいは、火を放って土地のありさまを変えた。

気候説には、弱いところがある。この動物たちは、それ以前に何度もあった氷期と乾燥の時代を生き延びてきた。人が着いた時期の気候が、それまでの氷期より特に厳しかったという証拠は乏しい。人説にも弱いところがある。人がいつ着いたのかが、まだはっきりしない。そして、決定的な証拠、つまり大型動物を狩って解体した跡が、ほとんど見つからない。アメリカ大陸の遺跡のように、骨と石の槍先が一緒に出てくる例が、ここではごくわずかしかない。

1936年、ボーマリス動物園(タスマニア)のフクロオオカミ
1936年、ボーマリス動物園(タスマニア)のフクロオオカミWikimedia Commons Ben Sheppard · Public domain

それでも、人の関わりを示すかもしれない手がかりは増えてきた。巨鳥ゲニオルニスの卵の殻のかけらに、火で焼けた跡が残っているものが大陸の各地で見つかっている。焼け方からみて、野火ではなく、人がたき火で卵を調理した跡だとする研究がある。北東部の湖の堆積物を調べた研究では、大型の草食動物の糞に生える菌の胞子が減ったあとで、木炭が増え、植生が変わっていた。動物が先に減り、それから火事が増え、森の姿が変わった。気候の変化で動物が減ったのではなく、動物が減ったために燃えやすい草が残り、火が広がったという順序を示しているように見える。

いまは、どちらか一方ではなく、人の狩りと火、それに乾燥していく気候が重なった、という見方が多い。体の大きな動物は子を産む数が少なく、育つのにも時間がかかる。毎年わずかな数を狩られるだけでも、何百年もたてば数は減っていく。人にとっては気づかないほどゆっくりした変化でも、地質の時間で見れば一瞬の絶滅になる。

絶滅したメガラニア(Varanus priscus)の復元骨格
絶滅したメガラニア(Varanus priscus)の復元骨格Wikimedia Commons Cas Liber · Public domain

『サピエンス全史』(物語「『サピエンス全史』で読む歴史」)は、これを、人類が引き起こした最初の大量絶滅と呼んだ。アフリカやユーラシアの動物は、何十万年もかけて人とともに進化し、人を恐れることを学んでいた。ところがオーストラリアの動物は、人という捕食者を知らないまま、いきなり出会った、という筋で語られる。証拠の弱さは本も認めていて、状況証拠の積み重ねとして書かれている。

同じことは、のちに人が新しい土地に着くたびに繰り返されたように見える。アメリカ大陸(アメリカ大陸の大型動物の絶滅)、マダガスカル、ニュージーランド(モアの絶滅)。一方で、大型の動物が消えたあとのオーストラリアで、人びとは火を使って土地を手入れし、6万年近くにわたって暮らしを続けた。その長い歴史は、大陸の各地の岩絵(オーストラリア先住民の岩絵)に描き残されている。

動画(1)

Ice Age Australia: A journey through time and extinction | Gilbert Price | TEDxUQTEDx Talks古生物学者が、消えた動物たちと原因の論争を話す

出典(1)

ユヴァル・ノア・ハラリ(柴田裕之 訳) 『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』第4章 史上最も危険な種

同じ時代のできごと

この項目は誰でも直せます。編集する編集履歴
BC43000年の世界を地図で見る国境・できごと・生きている人が、その年のものに入れ替わります歴史データベースとは? →