概要
2011年2月22日の昼過ぎ、ニュージーランド南島のクライストチャーチの真下の浅いところで、マグニチュード6.2の地震が起きた。前の年の大きな地震で傷んでいた建物が崩れ、185人が死んだ。倒れたテレビ局のビルでは、語学学校で学んでいた日本人28人が犠牲になる。街の象徴だった大聖堂の尖塔も崩れた。中心部は二年にわたって立ち入りを禁じられ、多くの建物が取り壊されて、街はほとんど一から作り直された。
場所
-43.53°N 172.64°E · ニュージーランド
本文
ニュージーランドは、太平洋プレートとオーストラリア・プレートの境目の上にあり、地震の多い国である。2010年9月4日、クライストチャーチの西でマグニチュード7.1の地震が起きた。夜明け前で、死者は出なかった。しかし多くの建物に傷が残り、余震が続いた。
2011年2月22日の午後0時51分、今度は市の中心から南東へ10キロほどの、深さ5キロほどの浅いところで、マグニチュード6.2の地震が起きた。規模は前の年より小さかったが、真下に近く、揺れの強さは世界でも記録的なものだった。昼休みの街で、傷んでいた建物が崩れ落ちた。
最も多くの命が失われたのは、テレビ局CTVのビルである。建物は数十秒で崩れ、火が出た。中にあった語学学校では、日本から学びに来ていた28人を含む多くの学生が犠牲になった。この建物だけで115人が死んでいる。のちの調べで、ビルの設計と建築の許可に誤りがあったことが分かった。街の象徴だった大聖堂の塔も崩れた。死者は合わせて185人になる。
地盤の液状化で、東部の住宅地では泥水が噴き出し、家々が傾いた。そのうち数千戸の土地は住むのに適さないとされ、政府が買い取って無人の緑地になった。中心部は2013年まで立ち入りが禁じられ、千を超える建物が取り壊された。街は、低い建物と公園を中心に作り直されている。