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Event / できごと

カブラルのブラジル到達

Cabral reaches Brazil
AD1500年4月22日
重要度 4

概要

インドへ向かう13隻が、大西洋を大きく西に膨らんで、陸を見た。「真の十字架の地」と名づけて、木を切って十字架を立て、ミサをして、インドへ去った。トルデシリャス条約の線の東側だった。それでブラジルはポルトガル語になる。

場所

ポルト・セグロ
-16.45°N -39.06°E · ブラジル・バイーア州

関わった人(1)

ペドロ・アルヴァレス・カブラルAD1467年頃–AD1520年頃 · 司令官

本文

ヴァスコ・ダ・ガマが帰って半年。 1500年3月9日、リスボン。 13隻、1500人。 ガマの倍。 司令官はカブラル、32歳。 貴族で、船に乗った記録がない。 ディアスが一隻を指揮した。

カーボヴェルデを過ぎて、 船団は西へ大きく膨らんだ。 ガマの教えた、風を取るための航路。 どこまで西へ行くつもりだったかは、分からない。 4月22日、 山が見えた。 「パスコアル山」(復活祭の山)。 翌日、上陸。 先住民が出てきた。 トゥピ族。 「裸で、体を赤く塗り、鳥の羽をつけ」。 ペロ・ヴァス・デ・カミーニャ。 書記官。 王への手紙。 「この土地の人々は、 私が見た中で最も無邪気」。 「彼らに信仰を植えることが、 ここで得られる最大の利益」。 27ページ。 ブラジルの「出生証明書」と呼ばれる。

10日いた。 木を切って十字架を立て、 ミサを2度。 4月26日、5月1日。 「ヴェラ・クルス島」。 真の十字架の島。 島だと思った。 一隻をリスボンへ送り、 5月2日、インドへ。 喜望峰の沖で嵐。 4隻が沈み、ディアスが死んだ。 9月、カリカット。

土地の名前は、 「真の十字架の地」から「聖十字架の地」へ、 そして「ブラジルの地」へ。 パウ・ブラジル。 赤い染料の木。 商品の名前が、国の名前になった。 トルデシリャス条約の線(西経46度)の東側。 1494年に引いた線が、 まだ知らない大陸を、 ポルトガルに割り当てていた。 偶然か、 知っていたか。 ポルトガルはその線を、 自分で要求して東に動かしていた。

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