二名法
概要
それまでの学名は、その種を他と区別するための短い記述文だった。長く、そして書く人ごとに違う。リンネは『植物の種』で、属名と種小名の二語だけを、余白に添えた。それは記述ではなく、名前である。何であるかを説明せず、ただ指し示す。動物についても『自然の体系』第十版で同じ方式を通した。以後、この二つの本の刊行日が、学名の出発点と定められている。分類の内容は何度も覆されたが、呼び方の規則は残った。
場所
59.86°N 17.64°E · スウェーデン
関わった人(1)
カール・フォン・リンネAD1707年5月23日–AD1778年1月10日 · 定めた本文
十八世紀の半ばまで、植物や動物の学名は名前というより説明文だった。その種をほかの種と見分けるための特徴を、ラテン語で短く書き連ねる。野に生える、香りの無い、白っぽい花の、葉のなめらかなバラ、といった具合である。この書き方は多名法と呼ばれる。
多名法には三つの困りごとがあった。まず長い。次に、同じ植物でも書く人によって書き方が違う。ある学者は花の色を、別の学者は葉の形を挙げる。同じものを指しているのかどうか、照らし合わせるだけで一仕事だった。そして新しい種が見つかるたびに、それと区別するための語を足さなければならず、名前はどんどん長くなっていった。大航海の時代を経て、ヨーロッパには世界中から見たこともない植物が届いていた。説明文の名前は、その数に追いつけなくなっていた。

スウェーデンのウプサラ大学の教授カール・フォン・リンネが工夫したのは、この説明文を捨てることではなかった。彼は1753年に出した『植物の種』で、それぞれの種に従来どおりの説明文を付けたうえで、その横の余白に二つの語を書き添えた。属の名前と、もう一つの語である。たとえばイヌバラなら「ロサ・カニナ」。リンネはこの二語を「ありふれた名」と呼び、本当の名はあくまで説明文のほうで、二語は覚えるための便宜だと考えていた。
ところが、生き残ったのは余白の二語のほうだった。短くて覚えやすい。そして何より、その種が何であるかを説明しない。ただ指し示すだけである。だから、分類についての考えが後で変わっても、名前はそのまま生き延びる。ある種が実は別の属に属すると分かれば、属の名前だけを付け替え、二つ目の語はそのまま持ち越せばよい。説明文の名前では、こうはいかなかった。

『植物の種』は二巻、千二百ページほどの本で、七千三百ほどの種を収めている。動物については、1758年に出た『自然の体系』の第十版で、同じ方式が四千四百ほどの種に徹底して用いられた。のちにこの二冊が、学名の出発点と定められた。植物では1753年5月1日、動物では1758年1月1日を起点とし、それより前に誰がどんな名前を付けていても、命名の規則の上では数えない。ある日付より前は無かったことにするという、きわめて人為的な取り決めである。だが、そうしなければ、どの名前が先かを争う果てしない議論に決着がつけられなかった。
二名法と、リンネの分類の中身とは、分けて考える必要がある。リンネは植物を、花の雄しべと雌しべの数や形によって分類した。この「性の体系」は覚えやすく、誰でも花を数えれば分類ができたので広く使われたが、植物の本当の類縁を映したものではなかった。リンネ自身もそれを承知しており、これは人為の体系であって、自然の体系はいつか見いだされるだろうと書いている。実際、十九世紀には類縁に基づく分類に置き換えられ、チャールズ・ダーウィンの『種の起源』(『種の起源』)が出た後は、分類は進化の系統を映すものと考えられるようになった。同時代には、花の仕組みを夫と妻にたとえたリンネの書きぶりが淫らだとして、植物学者シーゲスベックらから激しく非難されてもいる。

リンネの遺したものには、暗い部分もある。彼は人間を一つの種として分類しながら、大陸ごとにいくつかの変種に分け、それぞれに肌の色だけでなく気質や振る舞いの記述まで付けた。ヨーロッパの人は機敏で発明の才に富み、ほかの大陸の人々は怠惰だ、といった記述は、当時のヨーロッパの偏見をそのまま科学の衣で包んだものだった。この分類は後の時代の人種の理論に繰り返し引かれ、彼の仕事の中でもっとも害の大きかった部分だと、いまは考えられている。
名前の付け方は、やがて国際的な規則になった。1842年、イギリスの学術協会が動物の命名について最初の体系的な規則を作り、最初に正しく発表された名前を優先するという先取権の原則を定めた。植物については、1867年にパリで開かれた国際会議で、スイスの植物学者ド・カンドルがまとめた規則が採択された。いまでは植物と藻類・菌類、動物、細菌のそれぞれに国際的な命名規約がある。どの規約でも、名前は一つの標本に結びつけられる。その名前の基準となるタイプ標本である。言葉の説明は人によって読み方が変わるが、標本はそこにある。

いま、名前の付いた生物はおよそ二百万種にのぼる。毎年、一万数千の新しい種が記載されている。それでも、地球上に何種の生物がいるかの見積もりは、数百万から一億を超えるものまで大きく割れている。とくに昆虫や菌類、微生物では、名前の無いものが大多数だと考えられている。名前が付く前に姿を消していく種も少なくない。一方で、新しい種を記載する分類学者は減っている。地味で研究費が付きにくいからで、「分類学の危機」として繰り返し指摘されてきた。
リンネの分類の中身は、二百数十年のあいだにほとんど書き換えられた。それでも、生き物を二つの語で呼ぶという約束は、世界中の生物学者に共有されたまま残っている。論文を書く人がどの国の言葉を話していても、学名を見れば何について話しているのかが一致する。それが、生物についてのあらゆる議論の土台になっている。