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Event / できごと

アレシアの戦い

Battle of Alesia
BC52年
重要度 5

概要

二重の包囲陣でウェルキンゲトリクスを降し、ガリアの組織的抵抗を終わらせた。

場所

アレシア
47.54°N 4.50°E · フランス・コート=ドール県アリーズ=サント=レーヌ

関わった人(2)

ガイウス・ユリウス・カエサルBC100年7月12日(13日説あり)–BC44年3月15日 · ローマ側 · 総指揮ウェルキンゲトリクスBC82年頃–BC46年 · ガリアの総指揮

本文

ウェルキンゲトリクスは、会戦を避けて焦土戦術を取った。 ローマ軍の補給を断つ方針である。 それが効いていたが、アレシアの丘に籠もったところで カエサルは包囲を選んだ。

内側の敵を囲む壁と、外から来る救援を防ぐ壁。 二重の環を築いた。総延長で数十キロになる。 杭、堀、落とし穴、鉄の棘。 その全部を、包囲しながら作っている。

救援は来た。史料は25万と書くが、誇張とされる。 内と外から同時に攻められ、 最後は騎兵の投入で持ちこたえた。

ウェルキンゲトリクスは翌日、武具を置いて降伏した。 6年後、凱旋式で引き回されたあと処刑されている。

出典(2)

ガイウス・ユリウス・カエサル ガリア戦記第7巻 68–89
塩野七生 ローマ人の物語IV ユリウス・カエサル ルビコン以前

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