人物

ラプ=ラプ

Lapulapu
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マクタン島重要度 3

概要

マゼランを討ち取ったマクタン島の首長。フィリピンで、外来の侵略に抵抗した最初の英雄とされる。生没年は伝わらない。

関わったできごと(1)

フィリピン革命1896年 · 375年前の最初の抵抗

本文

フィリピン中部、セブ島の目の前に浮かぶ小さなマクタン島の首長になる。マゼランを討ち取った。生まれた年も死んだ年も伝わらない。名前すら、ヨーロッパ人の書き留めた綴りでしか残っていない。

ピガフェッタの航海記の挿絵。セブ、マクタン、ボホールを示し、「総司令官」がマクタンで死去したと記す(1525年頃)
ピガフェッタの航海記の挿絵。セブ、マクタン、ボホールを示し、「総司令官」がマクタンで死去したと記す(1525年頃)Wikimedia Commons Antonio Pigafetta · Public domain

経緯が、記録に残っている。遠征に同行したイタリア人アントニオ・ピガフェッタの航海記になる。1519年にスペインを出たマゼランの艦隊は、南アメリカの南端を回って太平洋を渡り(マゼランの太平洋横断)、1521年3月にフィリピンの島々に着いた。当時の島々には、国と呼べるほどの大きな勢力はなく、バランガイと呼ばれる村落の首長たちが、それぞれ交易と戦いを繰り返していた。セブは中国や東南アジアの商船も来る港で、首長フマボンが治めていた。

マゼランはフマボンと血の盟約を結び、4月、フマボンと家族、数百人の島民がキリスト教の洗礼を受けた。マゼランは周りの首長たちにも、スペイン王に従い、新しい王フマボンに従うよう求めた。ピガフェッタはラプ=ラプを「シラプラプ」と書く。マクタンにはもう一人の首長ズラがいて、ズラは従う意思を示したが、ラプ=ラプは拒んだ。島々の首長どうしの争いに、マゼランは自分の威信を示す機会を見たのだろう。

『ボクサー・コデックス』に描かれたビサヤのピンタドス(1595年頃)
『ボクサー・コデックス』に描かれたビサヤのピンタドス(1595年頃)Wikimedia Commons Boxer Codex · Public domain

4月27日の夜明け、マゼランは60人ほどを3隻の小舟に乗せてマクタンへ向かった。フマボンは1000人の兵を出すと申し出たが、マゼランは手を出さずに見ているよう命じた。島の手前は遠浅の珊瑚礁で、潮が引いていて、小舟は岸に近づけない。船の砲も届かない。49人が腰まで水につかって浅瀬を歩いて渡り、11人は舟に残った。

岸では、ピガフェッタの数えるところで1500人を超える島民が、三手に分かれて待ち受けていた。銃と弩の弾は盾に防がれ、遠すぎて効かない。マゼランは見せしめに家々を焼かせたが、かえって相手を怒らせた。島民は竹の槍や毒を塗ったという矢を雨のように浴びせ、鎧のない脚を狙った。マゼランは右脚を射られ、退却を命じた。浅瀬で退く途中、顔を竹槍で突かれ、脚に大きな刀を受けて倒れ、そこへ大勢が槍と刀で襲いかかった。ピガフェッタは、我らの鏡、我らの光、我らの導き手を彼らは殺した、と嘆いている。

遺体は返されなかった。生き残った者たちが品物と引き換えに返してくれるよう頼んだが、どれほどの財宝を積まれても渡さない、と断られたという。数日後、フマボンはスペイン人たちを宴に招き、そこで20人以上を殺した。残った船は島を離れ、そのうち1隻だけがエルカーノに率いられて翌年スペインに戻り、世界一周を果たした(世界一周の達成)。

世界一周の達成に関わる図版:Detail from a map of Ortelius - Magellan's ship Victoria
世界一周の達成Wikimedia Commons Abraham Ortelius · Public domain

ラプ=ラプのその後は分からない。実像も分からない。イスラーム教徒だったという説と、在来の信仰だったという説がある。ボルネオやスールーから来たムスリムの首長だという話は20世紀になって唱えられたもので、裏づけはない。当時のマクタンは、交易と海の暮らしで生きる小さな共同体だったとみられる。

スペインがフィリピンに戻ってきたのは、40年あまり後の1565年、レガスピの遠征からになる(スペインのフィリピン支配)。それから300年以上、島々はスペインに治められた。ラプ=ラプの名が英雄として語られるのは、19世紀末にスペインからの独立を求める動きが高まってからのことで、植民地の支配に立ち向かった最初の人として見直された。

Bureau of Fire Protection
Wikimedia Commons Bureau of Fire Protection, Philippines · Public domain

フィリピンで、外来の侵略に抵抗した最初の英雄とされる。マクタン島の町はラプ=ラプ市と名を改め、戦いの地には彼の像と、すぐそばにマゼランの記念碑が並んで立つ。2021年、戦いから500年の4月27日には、マクタンで大きな記念の式典が開かれた。同じ年は、フィリピンにキリスト教が伝わって500年の年でもあった。侵略に抵抗した記念と、信仰の始まりの記念が、同じ島の同じ春に重なっている。

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