概要
バスクの公証人。メキシコで書記官。60歳で艦隊を任され、1565年にセブ、1571年にマニラ。フィリピンの初代総督。「王フェリペの島」。自分の金を使い切って、貧しく死んだ。
本文
ミゲル・ロペス・デ・レガスピ。 1502年。スマラガ。ギプスコア。 「公証人」。 1528年、メキシコ。 「市の書記」。 「造幣局」。 「妻イサベル。9人の子」。 「60歳」。 1564年、ベラスコ副王。「フィリピンへ」。「ウルダネタが推した」。 11月21日。バラ・デ・ナビダ。5隻。380人。 1565年2月。グアム。 「サマール」。 4月27日。セブ。 「サント・ニーニョ。マゼランがフアナ王妃に贈った像。焼けた家から」。 「ラジャ・トゥパス」。 「スペインで最初の町」。 「ビリヤロボス。1543年。『フィリピナス』。フェリペ王子」。 1569年、パナイ。 1570年、ゴイティとサルセドをマニラへ。 1571年5月19日。マニラ。 「ラジャ・スレイマン」。 6月24日。「市」。 「総督」。 「エンコミエンダ」。 「アウグスティノ会」。 「中国の船」。 「1572年、リマホン(林鳳)が来る前に」。 1572年8月20日。 「脳卒中」。 「金がなかった。葬儀は、教会が」。 「マニラ。サン・アグスティン教会。1607年から」。 「セブ。レガスピの像」。 「レガスピ市。アルバイ」。 「レガスピ通り」。 「セブの城。『サン・ペドロ』」。 「1898年」。 「フィリピンは、333年、スペイン」。 「1565年、6月。ウルダネタが、帰った」。 「『帰り道』」。 「レガスピは、行った」。