人物

カーリダーサ

Kālidāsa
AD4〜6世紀のどこか(確定していない) – ?
グプタ朝重要度 3

概要

サンスクリット文学の頂点とされる詩人・劇作家。生きた年代すら4世紀から6世紀のどこか、としか言えない。

所属

グプタ朝

関わったできごと(1)

『シャクンタラー』AD4〜6世紀のどこか · 作者

本文

いつ生きたのかが分からない。4世紀から6世紀のどこか、としか言えない。手がかりは作品の外にわずかしかない。7世紀前半、634年の年を持つ南インドのアイホーレの碑文が、すぐれた詩人として彼の名を挙げている。それより前の人であることは確かになる。一方、戯曲の一つは紀元前2世紀の王を主人公にしているので、それより後の人であることも分かる。幅は数百年に及ぶ。そのなかで、グプタ朝の最盛期、チャンドラグプタ2世の時代(4世紀末から5世紀初め)の宮廷にいた、という説が有力とされている。

雲の使者(メーガドゥータ)を書くカーリダーサ、1875年
雲の使者(メーガドゥータ)を書くカーリダーサ、1875年Wikimedia Commons William Douglas Almond · Public domain

グプタ朝の時代、北インドは長い安定を得て、サンスクリットの学問と文芸が花開いた(グプタ朝の黄金時代)。数学では十進法と位取りの記数法が整い、宮廷では詩と劇が競われた。後世のインドには、チャンドラグプタ2世、伝説の王ヴィクラマーディティヤの宮廷に「九つの宝石」と呼ばれる九人の学者・詩人がいて、カーリダーサはその筆頭だった、という言い伝えがある。ただ、九人の顔ぶれには時代の合わない人物も含まれていて、後の時代の伝説と考えられている。

本人の伝記は残っていない。伝わるのは伝説だけである。彼はもともと無学な若者で、学問自慢の王女をだまして結婚させるために、学者たちに担ぎ出された。婚礼のあとで無学が知れて王女に追い出され、絶望して女神カーリーに祈ると、一夜にして詩の才を授かった。「カーリダーサ」とは「カーリー女神の僕」という意味だ、と。名前の意味から逆に作られた話と考えられている。

カーリダーサの生涯を元に制作されたタミル映画初のトーキー「カリダス」(1931年)
カーリダーサの生涯を元に制作されたタミル映画初のトーキー「カリダス」(1931年)Wikimedia Commons Imperial Film Company · Public domain

作品は残った。戯曲が三つ、長い叙事詩が二つ、抒情詩が一つから二つ。そのいずれもが、サンスクリット文学の古典とされている。

最もよく知られるのが戯曲『シャクンタラー』である(『シャクンタラー』)。狩りに出た王ドゥフシャンタが、森の庵で育った娘シャクンタラーと恋に落ち、結婚する。王は都へ帰るとき指輪を残すが、ある聖仙の呪いで、王は彼女のことをすっかり忘れてしまう。身ごもったシャクンタラーが都を訪ねても、王は彼女を知らないと言う。のちに失われた指輪が魚の腹から見つかり、王はすべてを思い出す。話の筋は『マハーバーラタ』の成立の挿話から借りたものだが、カーリダーサは呪いと指輪という仕掛けを加えて、王を悪人にせずに別れと再会を描いた。

『シャクンタラー』に関わる図版:Raja Ravi Varma - Mahabharata - Shakuntala
『シャクンタラー』Wikimedia Commons Raja Ravi Varma · Public domain

叙事詩『ラグ王家の系譜』は、『ラーマーヤナ』の成立の英雄ラーマを生んだ王家の代々を語るもので、『クマーラの誕生』は、シヴァ神と女神パールヴァティーの結婚を描く。

抒情詩『メーガドゥータ』、すなわち「雲の使者」は、こういう詩である。富の神に仕える精霊が、務めを怠った罰で、一年のあいだ中インドの山に追放される。雨季が来て空に雲が湧くのを見て、彼は北のヒマラヤの都に残した妻を思い、雲に伝言を頼む。詩は、雲がたどる道筋を、川や山、町の名を挙げながら描いていく。インドの風景をたどる旅の詩であり、離れた二人の恋の詩でもある。のちのインドでは、これをまねた「使者の詩」が数多く作られた。

映画「カリダス」の一場面
映画「カリダス」の一場面Wikimedia Commons Imperial Movi Tone · Public domain

18世紀の末、カルカッタにいたイギリスの裁判官で言語学者のウィリアム・ジョーンズが『シャクンタラー』を英語に訳し、1789年に出版した。すぐにドイツ語にも訳され、それを読んだヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテは、春の花と秋の実り、天と地のすべてがこの一つの名に込められている、という趣旨の詩を書いて絶賛した。ゲーテが『ファウスト』の冒頭に置いた、座長と詩人が語り合う前置きの場面は、『シャクンタラー』の序幕にならったものとされる。

それまでヨーロッパでは、インドは富と神秘の国として語られることが多かった。『シャクンタラー』の翻訳は、そこに古くから洗練された文学があることを示し、ロマン主義の時代の人々を東洋の古典へ向かわせた。名前と作品しか残らない詩人が、千数百年後に、別の大陸の文学を動かしたのである。

この項目は誰でも直せます。編集する編集履歴
AD450年の世界を地図で見る国境・できごと・生きている人が、その年のものに入れ替わります歴史データベースとは? →