概要
オゴデイが整えた、モンゴル帝国の駅伝である。約40キロごとに站を置き、馬、食料、寝床を備えさせた。牌子と呼ばれる通行の札を持つ者だけが使える。金の牌、銀の牌、木の牌で格が分かれた。急使は腰と胸を固く縛り、鈴を鳴らして走り、站ごとに馬を替えて、一日に三百キロを超えたと伝えられる。ユーラシアの東西が一つの命令系統で結ばれた期間、この線の上を、命令と、商人と、そして疫病が動いた。
場所
47.20°N 102.83°E · モンゴル
本文
**語**。
**モンゴル語で、ジャム**(ǰam)——**「道」**。
**その站を守る者を、ジャムチ**(ǰamči)という。
(**漢語では、站赤**(じゃんち)。
**ペルシア語では、ヤム**。
**ロシア語に、この語が残った**——**ямщик**(ヤムシチク、御者)。
〈**ロシアの駅逓制度(ямская гоньба)は、モンゴル支配の直接の遺産である**。〉)
**整備**。
**オゴデイ**(在位1229〜41年)。
(——**チンギスの時代にも、原型はあった**。
**それを、制度として全域に敷いたのが、オゴデイである**。
〈**『元朝秘史』に、オゴデイが自分の四つの功績を挙げる場面がある**。
**その一つが、**「站赤を置いたこと」**である。
——**「使者が、民の家を荒らして回らずに済むようにした」**という趣旨を、彼は述べている。
〈**つまり、**制度を作る前は、使者が、勝手に民から馬と食料を取っていた**。〉〉)
**構造**。
**站**(ジャム)を、**約40キロごと**に置く。
(——**一日の行程**である。
**帝国全体で、**1,500以上**の站があった、とされる**。
**元の記録では、中国本土だけで**1,400余り**。**)
**各站に、備えるもの**。
(——**馬**(站によっては、数十頭から数百頭)。
**牛、羊、そして地域によってはラクダと犬橇**。
〈**シベリアでは、犬橇の站があった**。〉
**食料、寝床、そして案内人**。
**站戸**——**その站を維持する義務を負わされた世帯**。
〈**これが、極めて重い負担だった**。
**站戸は、他の税を減免される代わりに、馬と飼料を出し続けなければならない**。
——**元代を通じて、**站戸の逃亡と没落**が、繰り返し問題になっている**。〉)
**牌子**。
**パイザ**(paiza、牌子)——**通行の札**。
(——**これを持つ者だけが、站を使える**。
**材質で、格が分かれた**。
- **金の牌**——最高位。虎の頭の意匠のものもある。 - **銀の牌**。 - **銅、あるいは木の牌**。
**刻まれた文**(パスパ文字、あるいはウイグル文字)。
**「永遠なる天の力により。カアンの名は聖なるものである。従わぬ者は、罪に問われ、死ぬ」**
〈**現存する牌子が、いくつかある**。
——**エルミタージュ美術館、メトロポリタン美術館**。〉)
**急使**。
**ケシクテン**、あるいは**ウラーチ**(緊急の使者)。
(**マルコ・ポーロの記述**(要旨)。
**「彼らは、腹を強く帯で締め、頭を布で包み、全力で馬を駆る**。
**近づくと、角笛を吹き、あるいは鈴を鳴らす**。
**次の站では、その音を聞いて、既に馬に鞍を置いて待っている**。
**乗り換えて、また走る**。
**こうして、一昼夜に、二百五十マイルから三百マイル進む」**。
〈**マルコ・ポーロの数字は、割り引いて読むべきである**。
**それでも——**一日に300キロ以上**という記録は、他の史料にもある**。
**通常の急送で、一日200〜300キロ**と見られている。
——**19世紀の鉄道が来るまで、これを超える陸上の速度は、事実上、無かった**。〉)
**そして——腰と胸を、固く縛る理由**。
(**内臓が、揺れで傷むのを防ぐため**である。
——**長時間、全速で走り続けると、それが起きる**。〉)
**歩く站**。
(**山道と、馬が使えない地形では、**歩く使者**が置かれた**。
**中国では「急遞鋪」(きゅうていほ)**——**約10〜15キロごとの、徒歩の中継**。
〈**鈴を付けて走る**。
**——受け取る側は、鈴の音で分かる**。
**日夜を問わず、一日に400里(約200キロ)を走らせる規定があった**。〉)
**何が、通ったか**。
**(1)命令と報告**。
(——**これが、本来の目的である**。)
**(2)人**。
(**使節、官人、そして——旅行者**。
〈**マルコ・ポーロ一家、ラッバーン・バール・サウマ、イブン・バットゥータ**。
**彼らが移動できたのは、この網があったからである**。〉)
**(3)貢物と、商品**。
(——**規定では、商人は使えない**。
**しかし、**斡脱**(オルトク、皇族と結んだ商人)が、牌子を得て使った**。
〈**乱用が、繰り返し問題になった**。〉)
**(4)そして、疫病**。
(——**1330年代から40年代**。
**中央アジアから、黒海へ、そしてヨーロッパへ**。
**ペストが、この線の上を動いた、と考えられている**。
〈**因果の詳細は、いまも研究されている**。
**しかし、**移動の速度と量が、大幅に上がった**ことは、確かである**。
——**「パクス・モンゴリカ」が、交易と、知識と、そして病を、同時に速めた**。〉)
**そして、知識**。
(——**この線の上を、**天文学、医学、地図、火薬、そして印刷**が動いた**。
**イル・ハン国のマラーガ天文台に、中国の天文学者がいた**。
**元の大都に、ペルシアの暦法家がいた**。
〈**回回司天台**。〉
**そして、ヨーロッパへ、いくつかの技術が届いた**。
——**その経路の詳細は、いまも議論されている**。〉)
**終わり**。
**元の滅亡(1368年)とともに、中国では崩れた**。
(——**ただし、明が、**自分の駅伝制度を作り直した**。
〈**明の「駅伝」**。**そして、それが、**財政を圧迫した**。
——**1629年、崇禎帝が、経費節減のために駅站を大幅に削減した**。
**そこで職を失った駅卒の一人が、**李自成**だった、と伝えられる**。
〈**この逸話は、しばしば語られる**。
**そして、彼が、明を滅ぼした**。〉〉)
**ロシアでは、残った**。
(**ヤムスカヤ・ゴンバ**。
——**モンゴル支配の間に導入され、**帝政の終わりまで続いた**。
**プーシキンとゴーゴリの小説に出てくる「駅逓」は、これである**。
〈**「駅長」**(プーシキン)。〉)
**そして**。
**マルコ・ポーロが、こう書いた**。
**「この世のいかなる人間、いかなる王も、これほどの費用を負担してはいない」**。
(——**そして、それは、正しかった**。
**この網の維持が、モンゴルの支配を可能にし、同時に、それを支える民を、疲弊させた**。)