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Event / できごと

ウイスキーと酒税

Whisky and the excise
AD1823年
重要度 4
ロシア帝国大英帝国スペイン帝国オスマン帝国デンマークポルトガル帝国スウェーデン=ノルウェーオーストリア帝国スペインフランスモロッコAlgiersグレートブリテン及びアイルランド連合王国プロイセン両シチリア王国バイエルンTunisサルデーニャ王国TripolitaniaハノーファーCyrenaicaAD1823年スペイサイド
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1823年の版図を描いています(21勢力)

概要

1644年、スコットランド議会が蒸留酒に課税した。以後180年、山中の密造と、徴税吏との追いかけっこが続いた。夜に焚くので月光酒と呼ばれた。1823年の酒税法が、免許料を下げ、合法の蒸留を現実的な選択にした。密造者が次々に免許を取った。同時に、この時期に定まったものがある。連続式蒸留機による大量生産と、樽での熟成である。空いたシェリー樽を使ったところ、色と香りが付いた。偶然が、この酒の定義になった。

場所

スペイサイド
57.45°N -3.20°E · イギリス・スコットランド

本文

**最初の記録**。

**1494年**、スコットランド。

**財務府の記録**(Exchequer Rolls)に、一行がある。

「**修道士ジョン・コーへ、8ボルの麦芽を、王の命により、アクアヴィテを作るために**」。

(8ボル=約500kg。これで、相当な量の酒ができる。つまり、**既に、それなりの規模で作られていた**。)

**アクアヴィテ**——ゲール語で **uisge beatha**(ウシュケ・ベーハ、生命の水)。

これが訛って、**ウスケボー**、そして**ウイスキー**。

**課税**。

**1644年**、スコットランド議会が、蒸留酒に**物品税**を課した。

(内戦の戦費のためである。)

以後、**180年**——**密造と、徴税との、追いかけっこ**が続いた。

**密造**。

- ハイランドの谷と、島と、山の中。 - 小さな蒸留器を、隠せる場所に据える。 - **夜に、焚く**。

(煙が、昼間だと見える。だから、夜。

このため、密造酒は「**ムーンシャイン**(月光酒)」と呼ばれた。

——この語は、後にアメリカへ渡り、アパラチアの密造酒を指すようになる。)

- 泥炭(ピート)を燃料に使った。

(ハイランドには、木が乏しい。泥炭は、そこらに掘れば出る。

そして、**麦芽を乾かすときに泥炭を焚くと、その煙の香りが麦芽に移る**。

——現在、スコッチ・ウイスキーの特徴とされる「ピートの香り」は、**もともと、燃料が泥炭しかなかった**ことに由来する。)

- 徴税吏(**ガウジャー**)が来れば、隠す。地元は、口を割らない。

(密造は、犯罪であると同時に、**共同体の慣行**だった。地主も、しばしば黙認した。小作料を、密造の収入から得ていたからである。

**1820年代、スコットランドで年間14,000件**の密造の摘発があったという記録がある。摘発された数がそれである。実数は、はるかに多い。)

**1823年、酒税法**。

(Excise Act 1823。)

**方針の転換**。

- **免許料を、大幅に下げた**(年10ポンド)。 - 蒸留器の容量に応じた、緩やかな課税に変えた。 - 一定以上の容量の蒸留器に限る(小規模な密造を排除する狙い)。

**効果**。

**密造者が、次々に免許を取った**。

(グレンリベットの**ジョージ・スミス**が、この地域で最初に免許を取った一人である。

——彼は、周囲の密造者から「裏切り者」として脅された。彼は、生涯、**二丁の拳銃**を持ち歩いた、と伝えられる。それが、いまも会社に保存されている。)

1823年に対して、翌年、合法の蒸留所の数が急増した。

(そして、密造の摘発件数が、数年で激減した。)

**同じ時期に定まったもの**。

**(1)連続式蒸留機**。

**1830年**、**イーニアス・カフェ**(アイルランドの元徴税吏)が、特許を取った。

(それ以前、ロバート・スタインが同種の装置を作っていた。カフェが実用化した。)

**単式蒸留器(ポットスチル)**は、一回ごとに仕込んで、蒸留し、洗って、また仕込む。手間がかかり、量が限られる。

**連続式(カフェ・スチル、コラム・スチル)**は、**止まらない**。原料を注ぎ続け、酒精を取り出し続ける。

- **安い**。 - **大量に作れる**。 - **アルコール度が高く、雑味が少ない**(そして、風味も少ない)。

これで作られるのが、**グレーン・ウイスキー**である。

**(2)ブレンデッド**。

1860年代、**アンドリュー・アッシャー**らが、風味の強いモルト・ウイスキーと、軽いグレーン・ウイスキーを**混ぜる**ことを始めた。

(法律の改正で、税を払う前の樽での混合が認められたことが、後押しした。)

結果——**飲みやすく、安く、そして品質が均一な**酒ができた。

**これが、スコッチを世界に売った**。

(**ジョニー・ウォーカー**、**シーバス**、**デュワーズ**、**ホワイトホース**——いずれも、この時期に生まれたブレンドの銘柄である。)

**(3)樽**。

そして、決定的なものが、**偶然から**生まれた。

**熟成**。

もともと、樽は**輸送と保存の容器**である。味を付けるためではない。

しかし——

- 密造の時代、隠すために、酒を樽に入れて**長く置いた**。 - そして、**空いたシェリー樽**が、大量に手に入った。

(19世紀、イギリスはスペインから大量のシェリーを輸入していた。樽で運ばれた。空いた樽は、安く売られた。)

その樽に入れておくと、**色が付き、香りが付き、そして角が取れた**。

**これが、この酒の定義になった**。

(現在、スコッチ・ウイスキーの法的な定義には、「**スコットランドで、700リットル以下のオーク樽で、最低3年間熟成すること**」が含まれている。

——**偶然の産物が、法律になった**。)

(20世紀後半、シェリーの消費が減り、シェリー樽が手に入りにくくなった。代わりに、**アメリカのバーボンの樽**が主流になった。

アメリカの法律で、バーボンは**新品の樽**しか使えない。だから、一度使った樽が、大量に余る。それがスコットランドへ運ばれる。

**二つの国の法律の違いが、樽の流れを作っている**。)

**フィロキセラ**。

1860年代から、**フィロキセラ**(ブドウネアブラムシ)が、ヨーロッパのブドウ畑を壊滅させた。

(アメリカから持ち込まれた害虫。フランスのブドウ畑の大半が、枯れた。)

**ワインが作れない。だから、ブランデーも作れない**。

それまで、イギリスの紳士が飲む蒸留酒は、**ブランデー**だった。

その空白に、**スコッチが入った**。

(この偶然が、スコッチの世界的な地位を決めた、としばしば指摘される。)

**現在**。

スコッチ・ウイスキーの輸出額は、年間**60億ポンド**前後。イギリスの食品・飲料の輸出で、最大の品目である。

そして、最大の輸出先の一つが、**アメリカ**と**フランス**と、そして**アジア**である。

**日本**。

**1918年**、**竹鶴政孝**が、スコットランドへ渡った。

(グラスゴー大学で化学を学び、蒸留所で実地に修業した。彼が書き残した**ノート**——通称「竹鶴ノート」——が、日本のウイスキーの出発点になった。

彼はスコットランド人の**リタ**と結婚し、彼女とともに帰国した。)

1923年、**鳥井信治郎**と、**山崎蒸溜所**。1934年、竹鶴が独立して、**余市**。

(彼が余市を選んだ理由——気候と、地形と、そして泥炭が、スコットランドに似ていたからである。)

2000年代以降、日本のウイスキーが国際的な賞を取り、需要が急増した。

(そして、**熟成には時間がかかる**。20年物を作るには、20年前に仕込んでいなければならない。

供給が追いつかず、多くの銘柄が販売を停止した。この産業の、逃れられない制約である。)

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