概要
石炭を蒸し焼きにして出るガスを管で送り、燃やす。1807年、ロンドンのポール・モール街に最初のガス灯が並んだ。それまで、夜の街は月と手提げの提灯だけだった。夜間の労働、夜の店、夜の劇場、そして夜の警察と犯罪。人の一日の使い方が変わった。副産物のコールタールは、当初は厄介な廃棄物で、そこからモーヴが、薬が、そして20世紀の有機化学工業が出てくる。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
本文
**それ以前の夜**。
18世紀までのヨーロッパの都市の夜は、暗かった。
街路の照明は、**油ランプ**である。パリでは17世紀後半から、家々の窓に吊るす燭台と、街路のランプが義務づけられた(1667年、警察総監ラ・レニーの改革)。ロンドンも同様。
しかし、光は弱く、間隔が広く、風で消え、そして月明かりがある夜は点灯を省略した(「太陰暦式の点灯」)。
**夜間の外出**は、危険だった。裕福な者は、**灯持ち(リンクボーイ)**——松明を持った少年——を雇って歩いた。
彼らはしばしば、客を暗い路地に誘い込んで、仲間に襲わせた。
夜には、**夜警**(コンスタブルとウォッチマン)がいた。ただし多くは高齢で、無力だった。
**都市の一日は、日没で終わっていた**。
**石炭ガス**。
石炭を、空気を遮って加熱すると(**乾留**)、可燃性の気体が出る。残るのが**コークス**、液体として溜まるのが**コールタール**とアンモニア水。
17世紀から知られていた。1727年、スティーヴン・ヘイルズが記述している。
実用化を試みた人々。
- **ウィリアム・マードック**(スコットランド)。ボールトン・アンド・ワット社の技師。1792年、コーンウォールの自宅をガスで照らした。1798年、バーミンガムのソーホー工場を照らした。1802年、アミアンの和約を祝って、工場の外壁をガス灯で飾り、人々を驚かせた。 - **フィリップ・ルボン**(フランス)。1799年、木材の乾留によるガスで「熱光機(テルモランプ)」の特許を取り、1801年、パリの邸宅を照らして公開した。事業化の前、1804年、パリの路上で刺殺された。
**冬季ロンドンとウェストミンスター・ガス灯コークス会社**。
事業化したのは、ドイツ生まれの興行師**フリードリヒ・アルベルト・ヴィンツァー**(イギリスでは**フレデリック・ウィンザー**と名乗った)。
彼は技術者ではない。しかし、**中央で製造して、管で街に配る**という構想を持っていた。
(マードックは、工場ごとに自家製造すべきだと考えていた。ウィンザーの構想のほうが、都市の基盤としては正しかった。)
**1807年1月28日**。
ロンドンの**ポール・モール街**(ペルメル)に、13基のガス灯が点灯した。
世界最初の、**公共のガス街灯**である。
(この年はジョージ3世の誕生日を祝う点灯とされ、日付には資料により揺れがある。)
1812年、彼は勅許を得て、**ガス・ライト・アンド・コークス会社**を設立した。世界最初のガス会社。
1813年、ウェストミンスター橋。1816年までに、ロンドン中心部の街路に。
**普及の速さ**。
- 1816年、ボルティモア(アメリカ最初)。 - 1820年、パリ。 - 1826年、ベルリン。 - 1842年、ウィーン。 - 1872年、**横浜**(高島嘉右衛門による。馬車道に十数基)。1874年、東京・銀座。
1850年頃、イギリスには**700**を超えるガス会社があった。
**明るさ**。
初期のガス灯は、裸火(魚の尾の形の炎)だった。油ランプの10倍以上明るいが、ちらつき、煤が出た。
1885年、**カール・アウアー・フォン・ヴェルスバッハ**が**ガスマントル**を発明した。トリウムとセリウムの酸化物を含ませた網を炎で熱すると、白熱して強く光る。
明るさが数倍になり、ガス灯は電灯と、数十年、競争できた。
**変わったこと**。
**(1)夜の時間**。
工場が**夜間操業**をするようになった。それまで、冬は日照時間が短く、生産が落ちた。
(同時に、労働時間が延びた。1833年の工場法が、児童の夜間労働を規制するのは、この後である。)
**(2)夜の商業**。
店が、夜も開くようになった。ショーウィンドウをガス灯で照らす。**ウィンドウ・ショッピング**が生まれた。
劇場、音楽ホール、カフェ、パブ。**夜の娯楽産業**。
(1817年、ロンドンのライシーアム劇場が、舞台をガスで照らした最初。1820年代、パリのオペラ座。舞台の照明を、明るく、そして**調節できる**ようになった。客席を暗くして舞台だけを照らす、という現代の観劇の形が、ここから生まれた。「**ライムライト**」——石灰を酸水素炎で熱して強い光を出す照明——は1837年から使われた。)
**(3)犯罪と治安**。
街灯の下では、犯罪が減った(と、当時の人々は感じ、統計もある程度それを支持する)。
一方で、**犯罪が街灯のない場所へ移った**。1888年の切り裂きジャックの事件が起きたホワイトチャペルは、ロンドンで最も照明の乏しい地区の一つだった。
**(4)家庭**。
1840年代から、中産階級の家にガスが引かれた。居間が明るくなった。
**夜に読書をする**ことが、当たり前になった。この時期、小説の分冊出版(ディケンズ)と、家庭向け雑誌が急増する。
(副作用。ガス灯は酸素を消費し、二酸化炭素と、少量の一酸化炭素と硫黄化合物を出す。換気の悪い部屋では、頭痛と、そして家具と本と壁紙の劣化を招いた。「**ガスライティング**」という語——他人に現実の認識を疑わせる心理的な虐待——は、1938年の戯曲『**ガス燈**』(夫が屋根裏でガス灯を使い、そのために妻の部屋の灯が暗くなるのを、妻の気のせいだと言い張る)に由来する。)
**(5)コールタール**。
ガス製造の副産物。当初は、**厄介な廃棄物**だった。川に流され、汚染を引き起こした。
そこから、次のものが出てくる。
- **ベンゼン**(1825年、ファラデーが照明用ガスの圧縮の残渣から発見) - **アニリン** - **1856年、モーヴ**——最初の合成染料 - そして、20世紀の有機化学工業と、医薬品
**終わり**。
1879年、エジソンの白熱電球。1882年、ニューヨークのパール街発電所とロンドンのホルボーン。
電灯とガス灯は、半世紀、競争した(ガスマントルの改良で、ガス側も粘った)。
1930年代までに、ほとんどの都市で電灯に置き換わった。
**残っているもの**。
ロンドンには、いまも**約1500基**のガス街灯が残っている(ウェストミンスター、テンプル、セント・ジェームズ宮殿の周辺)。
専門の点灯人が、いまも週に一度、脚立を持って回り、時計の仕掛けを巻いている。