概要
ガンジス河畔のこの町で死ねば輪廻から解脱できる、という信仰がある。マニカルニカー・ガートでは、薪の火が数百年、絶えたことがないとされる。遺体は布に包まれて川で清められ、薪の上で焼かれ、灰は川へ流される。墓は作らない。体は器であって、残すものではないという考え方である。焼く薪の量は一体に300キロ前後で、貧しい者には払えない。焼き切れなかった体が川へ流されることが、いまも問題になっている。
場所
25.32°N 83.01°E · インド・ウッタルプラデシュ州
本文
**町**。
**ヴァーラーナシー**。ガンジス川の左岸。
(**カーシー**〈光の町〉、**ベナレス**とも呼ばれる。人が住み続けている都市として、世界で最も古い部類に入る、としばしば言われる。考古学的には、前8世紀頃まで遡る。)
ここは、シヴァの町とされる。
**ガート**。
川岸に、石の階段が延々と続く。**84のガート**(沐浴場)がある。
大半は、沐浴のためのものである。夜明けに、人々が川に入り、体を清め、太陽に祈る。
そのうち、**二つ**が、火葬のためのものである。
**マニカルニカー・ガート**と、**ハリシュチャンドラ・ガート**。
**信仰**。
ヒンドゥー教では、人は輪廻する。死んで、また生まれる。
その繰り返しから抜け出すことが、**モークシャ**(解脱)である。
そして——**この町で死ねば、解脱できる**。
(シヴァが、死にゆく者の耳に、解脱の真言を囁く、とされる。)
だから、人が**死ぬために来る**。
(**ムクティ・バワン**——「解脱の家」と呼ばれる施設がある。死期の近い者が、家族とともに滞在する。滞在は原則15日まで。死ななければ、帰る。)
**火**。
**マニカルニカー・ガート**の火は、**数百年、絶えていない**とされる。
(その火から、新しい薪に火を移す。管理しているのは、**ドーム**と呼ばれる人々である。彼らはカースト制度の中で最も低い位置に置かれてきた——遺体に触れる仕事だからである。
そして同時に、**彼らだけが、聖なる火を扱う権利を持つ**。遺族は、彼らから火を買わなければならない。この逆説的な地位が、長く論じられてきた。)
**工程**。
(1)遺体を、白い布(あるいは既婚の女性なら赤や金の布)で包み、竹の担架に載せて運ぶ。
(2)道中、「**ラーム・ナーム・サティヤ・ヘ**」(神の名こそ真実である)と唱えながら歩く。
(3)ガートで、**ガンジス川に浸す**。
(4)薪を積み、その上に遺体を置き、さらに薪を積む。
(5)長男(あるいは最も近い男性の親族)が、頭を剃り、白い布をまとい、遺体の周りを**5回**回って、口元に火をつける。
(6)**約3時間**、焼く。
(7)最後に、長男が、竹の棒で**頭蓋骨を割る**(**カパール・クリヤー**)。
(魂を解放するためとされる。)
(8)灰と、焼け残った骨を、川へ流す。
**墓は、作らない**。
**残さない**。
(体は器である、という考え方である。魂が去った後の体に、意味はない。
——これは、エジプトの正反対である。エジプトは、魂が戻る場所として、体を保存した。)
**例外**。
火葬されない者がいる。
- **サードゥ**(聖者、遊行者)——既に解脱しているとされるので、焼く必要がない。石を結んで、川に沈める。 - **子ども**(5歳以下とされることが多い)——まだカルマを積んでいない。 - **妊婦**。 - **蛇に噛まれて死んだ者**。 - **天然痘で死んだ者**(女神の意志によるとされた)。 - **ハンセン病の患者**。
これらは、**水葬**される。
**費用**。
一体を焼くのに必要な薪——**300〜400キログラム**。
(材質によって値段が違う。白檀は最も高価で、貧しい者には手が届かない。)
薪の代金と、火の代金と、儀礼の費用。
**多くの人にとって、これは高い**。
**問題**。
**(1)焼き切れない遺体**。
薪が足りなければ、途中で終わる。
そして、焼け残った体が、**川に流される**。
(この問題は、繰り返し報じられてきた。)
**(2)川の汚染**。
ガンジス川は、火葬の灰と遺体だけでなく、工業排水と、生活排水と、農薬を受けている。
(ヴァーラーナシー付近の水質は、極めて悪い。糞便性大腸菌群が、安全基準の数百倍から数千倍という測定がある。
それでも、人々はそこで沐浴し、口をすすぎ、そして水を持ち帰る。信仰と、実測値が、同じ川の上で並んでいる。)
**(3)木材**。
インド全体で、火葬に使われる木材は、**年間数千万本の樹木に相当する**という推計がある。
**対策**。
- **電気火葬炉**(1980年代から設置された)。安く、木を使わない。**ほとんど使われていない**。(伝統的な火のほうが正しい、という感覚が強い。) - **改良型の火葬台**(金属製。同じ量の薪で、より効率よく焼ける)。普及は限定的。 - 1986年から、政府の**ガンガー行動計画**。効果は限定的とされる。2014年から**ナマミ・ガンゲ**計画。
**他の弔い方**。
インドの中でも、一様ではない。
- **イスラーム教徒**——土葬。 - **キリスト教徒**、**ユダヤ教徒**——土葬。 - **パールシー**(ゾロアスター教徒。主にムンバイ)——**鳥葬**。「沈黙の塔」(ダフマ)の上に遺体を置き、ハゲワシに食べさせる。
(火も土も水も、聖なるものである。遺体でそれを汚してはならない、という論理である。
——そして、この方法が、いま危機にある。1990年代から、インドのハゲワシが**激減した**。原因は、家畜に使われた鎮痛剤**ジクロフェナク**である。それを摂取した死体を食べたハゲワシが、腎不全で死ぬ。
インドのハゲワシの個体数は、**20年で99%以上減った**。パールシーの共同体は、太陽光の集光装置を使うなどの代替を試みている。)
- **チベット**——**天葬**。遺体を解体して、ハゲワシに与える。(高地で、木も土も乏しい。合理的な方法でもある。)
**世界の火葬率**。
- **日本**——**99.9%以上**。世界で最も高い。 - インド——約85%。 - イギリス——約78%。 - アメリカ——約60%(2010年代に土葬を上回った)。 - イタリア、アイルランド——30%前後。 - ギリシャ、ポーランド——低い(正教会とカトリックの伝統による)。
(日本の火葬率が極端に高いのは、明治以降の政策——1873年に一度火葬が禁止され、2年で撤回された——と、都市の土地の問題と、そして仏教の伝統が重なっている。)
**そして**。
マニカルニカー・ガートでは、いまも、一日に**200体前後**が焼かれている。
昼も、夜も。