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Event / できごと

万国郵便連合

The Universal Postal Union
AD1874年10月9日
重要度 4
ロシア帝国大英帝国デンマークオスマン帝国ペルシアポルトガル帝国スウェーデン=ノルウェースペイン帝国オーストリア帝国エジプトドイツ帝国スペインフランスNejdモロッコAlgiersグレートブリテン及びアイルランド連合王国プロイセン両シチリア王国バイエルンTunisサルデーニャ王国TripolitaniaハノーファーCyrenaicaAD1874年10月9日ベルン
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1874年10月9日の版図を描いています(25勢力)

概要

それまで、外国へ手紙を出すには、経由する国ごとに二国間の取り決めがあり、料金の計算が誰にもできなかった。22か国がベルンに集まり、ドイツのシュテファンの案を受け入れた。世界を一つの郵便区域とみなす。料金は差出国が受け取り、配達する国に渡さない。中継は無料で通す。切手はどの国のものでも本国のものが有効になる。国境を越える協力の、最も古く、最も静かに続いている仕組みの一つである。

場所

ベルン
46.95°N 7.45°E · スイス

関わった人(1)

ハインリヒ・フォン・シュテファンAD1831年1月7日–AD1897年4月8日 · 提案

本文

**問題**。

**外国へ、手紙を出す**。

**1860年代**。

(——**まず、**経由する国の数を、数えなければならない**。

**ロンドンからバルセロナへ**。

**イギリス、フランス、スペイン**。

**イギリスとフランスの間に、条約がある**。

**フランスとスペインの間にも、別の条約がある**。

**料金が、それぞれ違う**。

**通貨も、違う**。

**重さの単位も、違う**(オンス、グラム、ロート……)。

——**そして、**どの経路を通るかによって、料金が変わる**。〉

**結果**。

**郵便局の窓口の職員が、**分厚い料金表**を引く**。

**それでも、間違える**。

〈**当時の郵便局の記録に、**料金の計算に何分もかかった**という証言がある**。〉

**そして——**不足があれば、受取人が払う**。

**あるいは、**受取人が、受け取りを拒否する**。〉

**さらに**。

**(1)国際郵便の条約が、**約1,200**あった**、とされる。

(**二国間の、個別の取り決め**。

——**組み合わせの数だけ、条約が要る**。)

**(2)計算のために、**手紙を、国境ごとに数え直す**必要があった**。

(——**袋を開け、一通ずつ数え、重さを量り、記録し、また閉じる**。

**国境を越えるたびに、これをやる**。

〈**莫大な手間である**。〉)

**(3)そして、**同じ手紙が、経路によって料金が違う**ので、送る側は、経路を指定した**。

(**「フランス経由で」「ベルギー経由で」**。

**——封筒に、そう書いた**。)

**案**。

**ハインリヒ・フォン・シュテファン**(1831〜1897年)。

**北ドイツ連邦の、郵便の責任者**(後にドイツ帝国郵便長官)。

(——**仕立屋の子である**。

**16歳で、郵便局の見習いになった**。

**そして、**実務の中で、この複雑さを、毎日、見ていた**。)

**1868年、彼が案を書いた**。

**核心——「世界を、一つの郵便区域とみなす」**。

**四つの原則**。

**(1)単一の区域**。

(**加盟国の全域を、一つの領域として扱う**。

——**「国際郵便」という特別なものを、無くす**。)

**(2)均一の料金**。

(**重さが同じなら、どこへ送っても、ほぼ同じ料金**。

——**距離を、料金の基準にしない**。)

**(3)料金は、差出国が、全額受け取る**。

(——**ここが、最も重要である**。

**そして、**配達する国に、渡さない**。

〈**理屈**——**長い目で見れば、**行きと帰りは、釣り合う**。

**A国からB国へ100通行けば、B国からA国へも、だいたい100通来る**。

**それぞれが、自分が受け取った料金で、相手の分を配達する**。

——**だから、**精算しなくてよい**。

**つまり、**国境で、手紙を数える必要が、無くなる**。〉

**これが、事務の量を、劇的に減らした**。)

**(4)中継は、無料で通す**。

(**通過する国は、料金を取らない**。

——**その代わり、自分の手紙も、無料で通してもらえる**。)

**会議**。

**1863年、パリで、最初の国際郵便会議**(アメリカのモンゴメリー・ブレアが呼びかけた)。

——**原則の議論だけで、決まらなかった**。

**1868年、シュテファンの案**。

**1873年、会議の開催が決まる**。**普仏戦争で、遅れていた**。

**1874年9月15日から10月9日、スイス、ベルン**。

(——**なぜ、ベルンか**。

**中立国だからである**。

〈**普仏戦争の直後である**。**フランスとドイツが、同じ卓に着く**。

——**そして、実際に、着いた**。〉)

**22か国が、参加した**。

(ドイツ、オーストリア=ハンガリー、ベルギー、デンマーク、エジプト、スペイン、アメリカ合衆国、フランス、イギリス、ギリシア、イタリア、ルクセンブルク、ノルウェー、オランダ、ポルトガル、ルーマニア、ロシア、セルビア、スウェーデン、スイス、トルコ、そして……)

**1874年10月9日、ベルン条約に署名**。

(**発効——1875年7月1日**。

**当初の名——「一般郵便連合」**(General Postal Union)。

**1878年、「万国郵便連合」**(Universal Postal Union)に改称。

——**加盟国が増え、「一般」では足りなくなったからである**。)

**結果**。

**(1)手紙が、安くなった**。

**(2)そして、届くようになった**。

(——**「返信用の切手」の問題も、解決した**。

〈**国際返信切手券**(1906年)。

**——外国の相手に、返信の費用を、前もって渡せる**。〉)

**(3)事務が、消えた**。

(**国境での、通数の計算が、要らなくなった**。)

**その後**。

**加盟国——192**(現在)。

(——**国連の専門機関の一つ**(1948年から)。

**そして、**国連より、はるかに古い**。

〈**1874年**。

**国際電気通信連合**(1865年、電信)**に次いで、二番目に古い国際機関である**。〉)

**そして、続いている**。

(——**二つの世界大戦を、越えた**。

**冷戦を、越えた**。

〈**加盟国どうしが戦争をしていても、郵便の取り決めは、生きていることがある**。〉)

**問題**。

**終着料金**(terminal dues)。

(——**「行きと帰りが釣り合う」という前提が、**崩れた**。

**20世紀後半、**先進国から途上国への郵便より、逆方向のほうが、はるかに多くなった場合がある**。

**特に、**通信販売の小包**。

〈**中国から、アメリカへ、大量の小さな荷物が届く**。

**アメリカの郵便は、それを配達する**。**そして、受け取る料金が、原価に足りない**。

——**2018年、アメリカが、UPUからの脱退を通告した**。

**2019年、ジュネーヴの臨時大会議で、**終着料金の仕組みを改める合意ができ、アメリカは残った**。〉)

**そして、電子メール**。

(——**手紙の量は、減り続けている**。

**しかし、**小包は、増えている**。

**UPUの仕事の中心が、**手紙から、小包へ**移った**。)

**建物**。

**ベルンに、いまもある**。

**そして、その前に、記念碑がある**。

(**1909年、ルネ・ド・サン=マルソー作**。

**地球を囲んで、五人の女性像が、手紙を渡し合っている**。

**題——「万国郵便連合記念碑」**。

〈**世界遺産の暫定リストに入っている**。〉)

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