概要
黒船の翌年の翌年、夜10時、江戸の直下で。死者1万人。水戸藩邸で藤田東湖が母をかばって圧死し、尊王攘夷の頭が一人消えた。鯰絵が何百種も刷られ、地震は「世直し」と描かれた。
場所
江戸
35.69°N 139.75°E · 日本・東京都(江戸城=現在の皇居)
35.69°N 139.75°E · 日本・東京都(江戸城=現在の皇居)
本文
安政2年10月2日、夜四つ時。 マグニチュード7。 江戸の直下。 下町の地盤の弱い所が崩れ、火が出た。 死者は7000とも1万とも。 武家屋敷の記録は残り、町人の死者は数え切れなかった。
水戸藩の小石川の屋敷。 藤田東湖。 一度は外へ出て、母が火鉢を心配して戻ったのを追い、 落ちてきた梁を肩で受けて母を逃がし、自分は潰された。 49歳。 『弘道館記述義』の著者で、 水戸の尊王攘夷の理論の中心。 戸田忠太夫も同じ夜に死んだ。 斉昭は二人を失って、安政の大獄へ向かう。
鯰絵。 地震のあと数か月で200種以上が刷られた。 地下の大鯰が暴れると地震になる。 鹿島の神が要石で押さえている。 その鯰が、 大工と左官と材木屋に感謝され、 金持ちから金を吐き出させる。 「世直し鯰」。 幕府は版元を取り締まったが、 売れた。 黒船の翌年の翌年、 地震は「世が変わる」しるしとして読まれた。 前年には東海地震と南海地震。 安政の三大地震。 その3年後にコレラ。 そのあいだに、幕府は条約を結び、大獄をした。