概要
アドルフ・フォン・バイヤーが1878年に構造を決め、合成にも成功した。しかし工業化は別である。BASFは十七年と、当時の資本金を超える一千万マルク以上を投じた。転機は偶然で、水銀の温度計が割れて釜に落ち、それが触媒として働いた。1897年、製品が出る。インド各地の藍の畑が、数年で価値を失った。ベンガルとビハールの農村経済が崩れ、そこから南アフリカ帰りのガンディーが最初に取り組んだ農民運動が生まれる。
場所
49.48°N 8.44°E · ドイツ・ラインラント=プファルツ州
本文
**構造**。
(**アドルフ・フォン・バイヤー**(1835〜1917年)。
〈**——**ドイツの化学者**。
**——**1865年から、**インディゴの研究を、始めた**。
**——**そして、**十八年**。〉
**1878年、**最初の合成**。
〈**——**イサチンから**。
**——**そして、**実験室の規模である**。〉
**1883年、**構造を、決定した**。
〈**——**二つのインドール環が、**二重結合で、繋がっている**。
**——**そして、**その構造が、**発色の理由である**。〉
**1905年、**ノーベル化学賞**。
〈**——**「有機染料と、ヒドロ芳香族化合物の研究」**。〉
**——**そして、**彼の名は、**製薬会社のバイエル**とは、**関係が無い**。
〈**——**別人である**。〉)
**工業化**。
(——**そして、**ここからが、**別の話である**。
〈**——**実験室で、できることと、**工場で、安く、大量に、作れること**は、**違う**。〉
**BASF**(バーディッシェ・アニリン・ウント・ソーダ・ファブリーク)。
〈**——**1865年創業**。**ルートヴィヒスハーフェン**。〉
**投じたもの**。
〈**——**十七年**(1880年から1897年)。
**——**そして、**一千万マルク以上**。
**〈——当時のBASFの、**資本金を、超える額**である。**
**——「会社が、傾きかけた」と、後に、語られている。〉**
**——**同時に、**ヘキストも、競争していた**。〉
**——**そして、**何度も、行き詰まった**。
〈**——**出発物質を、変えた**。
**〈——トルエン。**
**——そして、**ナフタレン**。〉**
**——**そして、**中間体の、**フタル酸**を、作るところで、詰まった**。〉)
**偶然**。
(**1890年代半ば**。
〈**——**ナフタレンを、**濃硫酸で、酸化して、無水フタル酸を、作る**。
**——**そして、**収率が、極端に、低い**。〉
**——**そして、**ある日**。
〈**——**釜の、**水銀の温度計が、割れた**。
**——**水銀が、**中に、落ちた**。
**——**そして、**その回の収率が、**劇的に、上がった**。〉
**——**水銀が、**触媒として、働いていた**。
〈**——**1896年、**オイゲン・ザッパー**らが、**それを、確認し、特許にした**。
**——**そして、**この偶然が、**工業化を、可能にした**。
**〈——この逸話は、**BASFの社史に、記されている**。**
**——細部に、脚色がありうる。**
**——そして、**水銀触媒が、決定的だった**ことは、確かである。〉**〉)
**1897年**。
(——**製品が、出た**。
〈**——**「純インディゴ BASF」**。
**——**そして、**天然のものより、**純度が、高く、**品質が、揃っている**。
**〈——天然の藍は、**インディゴの含有率が、20%から40%**と、ばらつく。**
**——そして、不純物が、色を、微妙に、変える。**
**——合成品は、**常に、同じである**。〉**
**——**そして、**値が、下がり続けた**。〉)
**インド**。
(——**数年で、**崩れた**。
〈**——**インドの藍の輸出**。
**——**1895〜96年、**約19,000トン**。
**——**1913〜14年、**約1,100トン**。
**——**そして、**1914年、BASFが、世界の需要の、大部分を、供給していた**。〉
**——**そして、**現地で、何が起きたか**。
〈**——**プランターが、**去った**。
**——**そして、**農民が、**残った**。
**——**借金と、痩せた土地を、抱えて**。
**〈——藍の栽培が、無くなっても、**前貸しの債務は、消えない**。**
**——そして、プランターは、**「藍を作らない代わりに、金を払え」**と、要求した。**
**——「タウカール」と呼ばれる、**代償金**である。〉**〉
**チャンパーラン**。
〈**1917年、**ビハール州、チャンパーラン県**。
**——**ガンディーが、**南アフリカから帰って、**最初に取り組んだ、インドでの農民運動**である**。
**〈——ラージクマール・シュクラ**という農民が、**
**——ガンディーを、**繰り返し、訪ねて、来てくれと、頼んだ**。**
**——そして、彼は、行った。〉**
**——**そこで、彼は、**約8,000人の農民から、証言を、集めた**。
**——**当局が、**退去を、命じた**。
**——**彼は、**従わず、**逮捕された**。
**——**そして、**群衆が、集まり、**当局が、引いた**。
**——**調査委員会が、置かれ、**ガンディーが、委員になった**。
**——**結果、**「ティンカティア制」**(耕地の二十分の三に藍を作らせる制度)**が、廃止された**。
**——**そして、**代償金の、一部返還**。
**〈——これが、**インドにおける、サティヤーグラハ(非暴力の抵抗)の、最初の成功**とされる。**
**——そして、そこから、彼の政治的な生涯が、始まった。〉**〉)
**そして、いま**。
(——**合成インディゴ**。
〈**——**年間、**約8万トン**が、作られている**。
**——**そして、**その大部分が、**ジーンズ**に、行く**。
**〈——ジーンズ一本を染めるのに、**数グラムから十数グラム**。〉**〉
**——**問題**。
〈**(1)**製法**。
**——**現代の主流は、**アニリンから作る**。
**——**そして、**シアン化物**を、使う**。
**(2)**そして、**染める工程**。
**——**還元して、溶かさなければならない**。
**——**その還元剤(ハイドロサルファイト)と、**強いアルカリ**。
**——**排水が、**深刻な汚染源になっている**。
**〈——中国、バングラデシュ、そしてインドの、染色工場のある川。**
**——「青い川」の写真が、繰り返し、報じられている。〉**
**(3)そして、**代替の研究**。
**——**微生物に、インディゴを作らせる**。
**——**そして、**還元を、電気化学的に、行う**。
**——**いずれも、**まだ、規模が、小さい**。〉
**——**そして、**天然の藍**。
〈**——**日本の**阿波藍**、**インドの、有機栽培**、そしてアフリカの伝統的な藍染め**。
**——**いずれも、**残っている**。
**——**そして、**極めて、小さい**。〉)