概要
ノーサンブリア王が、復活祭の日付をアイルランド式にするかローマ式にするかを決めた。ローマ式。「天国の鍵はペテロが持っている」という一言で。アイオナから来た僧は島へ帰り、イングランドはローマの側についた。
場所
ウィットビー
54.49°N -0.61°E · イングランド
54.49°N -0.61°E · イングランド
本文
ノーサンブリアはアイオナから来たエイダンによってキリスト教になり、 リンディスファーンを司教座にしていた。 アイルランド式の教会だった。 復活祭の計算法が違い、 修道士の剃髪の形が違った。 ローマ式は頭の上を丸く剃り、 アイルランド式は前頭を耳から耳まで剃った。
王オスウィウはアイルランド式で育ち、 王妃はケント出身でローマ式だった。 夫の復活祭の日に、妻はまだ四旬節の断食をしている、 そういう年があった。
664年、ウィットビーの修道院で会議を開いた。 修道院長は女性、ヒルダ。 アイルランド側はリンディスファーンの司教コルマン、 ローマ側はリポンの若い院長ウィルフリッド。
コルマン。我々の習慣は使徒ヨハネから、コルンバから来ている。 ウィルフリッド。コルンバは聖人だが、 ローマの習慣は全世界の教会のもの、 ペテロから来ている。 王が問う。「ペテロに天国の鍵が与えられたというのは本当か」。 コルマン。「本当だ」。 王。「では私はペテロに従う。 天国の門に着いたとき、鍵を持つ者に背を向けられたくない」。
ベーダはそう書いている。 コルマンはアイオナへ帰り、 リンディスファーンの修道士の一部が従った。 ノーサンブリアはローマの側に入った。 アイオナ自身がローマの復活祭を受け入れたのは716年、 ウェールズは768年。
ローマとのつながりが、イングランドを大陸の教会に結びつけた。 ウィルフリッドの弟子たちがフリジアとドイツに布教し、 ボニファティウスがドイツの使徒になる。