シワの神託
概要
エジプトを取ったあと、砂漠を8日行ってアモンの神殿へ。祭司が「神の子よ」と迎えた。何を聞いたかは誰にも言わなかった。母への手紙に「帰ったら話す」。帰らなかった。それから彼は自分をゼウス・アモンの子と呼び、ギリシア人はそれを笑い、恐れた。
場所
29.20°N 25.52°E · エジプト
関わった人(1)
アレクサンドロス3世BC356年7月20日(21日説あり)–BC323年6月10日(11日説あり) · 神の子本文
紀元前331年の初め、アレクサンドロス3世はわずかな供を連れて、エジプトの西の砂漠に分け入った。目指したのは、砂漠の奥のオアシス、シワにあるアモン神の神殿である。そこには、ギリシア人にも名の知られた神託所があった。
その前年、アレクサンドロスはペルシアの大軍をイッソスの戦いで破り、地中海の東岸の町々を落としてエジプトに入った。ペルシアの支配を嫌っていたエジプトの人びとは、彼を解放者として迎え、ペルシアの総督は戦わずに降った。アレクサンドロスは古い都メンフィスでエジプトの神々に犠牲を捧げ、ナイルの河口の西に、新しい町を築くことを決めた(アレクサンドリア建設)。

シワのアモン神は、エジプトの最高の神アメンが、リビアの砂漠の神と結びついたものである。ギリシア人は、この神を自分たちの最高神ゼウスと同じものとみなし、「ゼウス・アモン」と呼んで崇めた。前6世紀にはリュディアの王クロイソスが使いを送って神託を求めたと伝えられ、ギリシアの詩人ピンダロスもこの神に歌を捧げている。ペルシアの王カンビュセスがシワを攻めようと送った軍が、砂嵐に呑まれて消えたという言い伝えもあった。
アレクサンドロスは地中海の海岸に沿って西へ進み、そこから南へ折れて、砂漠を数百キロ渡った。旅は危うかった。水が尽きかけたとき、思いがけない雨が降った。砂嵐で道しるべが消えると、二羽の烏が現れて一行を導いた、と同行した歴史家は書いた。別の記録では、道案内をしたのは二匹の蛇だったという。神が彼を招いている、という物語は、早くも旅の途中から作られていた。

神殿に着くと、神官が彼を迎え、アモン神の子よ、と呼びかけた。エジプトの王ファラオは、神の子とされる。エジプトの支配者となったアレクサンドロスを、神官がそう呼ぶのは、ある意味で当然の礼儀だった。後の伝記作家プルタルコスは、ギリシア語に不慣れな神官が「わが子よ」と言おうとして、「ゼウスの子よ」と聞こえる言い方をしてしまったのだという話も伝えている。
アレクサンドロスは一人で神殿の奥に入り、神託を受けた。何を問い、何を告げられたのか、彼は誰にも語らなかった。父フィリッポスを殺した者たちは皆罰せられたのか、と問い(フィリッポス2世暗殺)、自分は世界の支配者になれるのかと問うて、望みどおりの答えを得た、という話が古代の歴史家たちによって伝えられるが、どれも推測の域を出ない。母オリュンピアスへの手紙に、ある秘密の神託を受けた、帰ったらあなた一人に話す、と書いたとも伝えられる。だがアレクサンドロスは、二度とマケドニアに帰ることはなかった。
この日から、アレクサンドロスは自分がゼウス・アモンの子であるという考えを、隠さなくなっていった。その年の秋にはガウガメラの戦いでペルシア王を破り、アジアの王となる。だが、自分を神の子とする振る舞いは、マケドニア人の古い仲間たちとの間に溝を作った。マケドニア人にとって、王は戦士の仲間の第一人者であり、神ではなかった。前328年、酒の席で、命の恩人でもあった古参の将軍クレイトスが、王の功績は父フィリッポスと兵士たちのおかげだと言い放つと、アレクサンドロスは逆上して彼を槍で刺し殺した。翌年、王の前でペルシア風にひれ伏す礼を宮廷に取り入れようとしたとき、同行の歴史家カリステネスは、これを拒んで王の不興を買い、まもなく陰謀への関わりを疑われて捕らえられ、命を落とした。

アレクサンドロスが本当に自分を神の子と信じていたのか、それとも広い帝国をまとめるために神の権威を使ったのかは、いまも議論が分かれる。確かなのは、彼がシワの神を最後まで重んじていたことである。前323年にバビロンで死んだとき(アレクサンドロスの死)、自分の亡骸をシワに葬ってほしいと望んだと伝えられる。だが遺体は、エジプトを手にした部将プトレマイオス1世によって奪われるようにエジプトへ運ばれ、メンフィスを経てアレクサンドリアに葬られた。その墓の場所は、いまも分かっていない。死後に作られた硬貨には、こめかみからアモン神の羊の角を生やしたアレクサンドロスの横顔が刻まれた。
シワはいまもエジプトの西の端のオアシスで、独自のベルベル系の言葉を話す人びとが暮らしている。アグールミの丘の上には、神託の神殿の崩れた壁が残る。1990年代には、シワでアレクサンドロスの墓を見つけたと発表した考古学者もいたが、その主張は認められなかった。