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Event / できごと

シワの神託

Alexander at the oracle of Siwa
BC331年
重要度 4

概要

エジプトを取ったあと、砂漠を8日行ってアモンの神殿へ。祭司が「神の子よ」と迎えた。何を聞いたかは誰にも言わなかった。母への手紙に「帰ったら話す」。帰らなかった。それから彼は自分をゼウス・アモンの子と呼び、ギリシア人はそれを笑い、恐れた。

場所

シワ
29.20°N 25.52°E · エジプト

関わった人(1)

アレクサンドロス3世BC356年7月20日(21日説あり)–BC323年6月10日(11日説あり) · 神の子

本文

BC332年、エジプト。ペルシアの総督が降った。メンフィス。アピスに犠牲。 BC331年1月、ナイルの河口。アレクサンドリアの線を引いた。大麦で。鳥が食べた。「豊かになる」。 西へ。パラエトニオン(マルサ・マトルーフ)。 南へ。砂漠。300キロ。 「雨が降った」。「二羽の烏が道を教えた」。「蛇が」。 8日。 シワ。アモン。ゼウス・アモン。 ギリシア人は5世紀からシワの神託を知っていた。クロイソスが、キュレネが、ピンダロスが。 「神の子よ」。祭司が。「パイディオン(坊や)」を「パイ・ディオス(ゼウスの子)」と言い間違えた、とプルタルコスは疑った。 中へ。一人で。 「私は父を殺した者を全員罰したか」。「あなたの父は死なない。フィリッポスの殺害者は全員罰された」。 「私は世界を支配するか」。「する」。 と伝える。 カリステネスが書いた。 「何を聞いたかは、母にだけ話す」。 オリュンピアス。「帰ったら」。 帰らなかった。 「ゼウス・アモンの子」。硬貨に羊の角。 マケドニア人。「フィリッポスの子でないなら」。 クレイトス。BC328年、酒の席で「あなたはアモンの子だ、フィリッポスの子ではないと」。槍。 「プロスキュネシス」。跪拝。BC327年。カリステネスが拒んだ。獄で死んだ。 「彼は本当に信じたか」。 「エジプトのファラオは神の子。彼はファラオになった。それだけ」。 「彼は信じ始めた」。 BC323年、遺言。「シワに葬れ」。プトレマイオスがメンフィスへ、アレクサンドリアへ。 シワには行かなかった。 シワ。いま、エジプトの西端。ベルベル語。 神殿は、丘の上に、崩れて残っている。 アガールミ。 「アレクサンドロスの墓がシワにある」と1995年にギリシアの考古学者が言った。 違った。

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