概要
争ってきた緩衝地帯を二つに割って線を引いた。以後200年、東の国境はおおむね動かない。二つの帝国が互いを滅ぼしきれないと認めた線になる。
場所
アンティオキア
36.20°N 36.16°E · トルコ・ハタイ県
36.20°N 36.16°E · トルコ・ハタイ県
本文
アルメニアを、二つに割った。
それまで、ここは緩衝地帯として 双方が影響力を争ってきた。
キリスト教を最初に国教とした国でもある。
分割の後、東の国境はおおむね200年動かなかった。
小競り合いはあった。 だが、相手を滅ぼそうとする戦争は減る。
互いに、滅ぼしきれないと認めたことになる。
その安定が崩れるのが、7世紀初めになる。
ヘラクレイオスとホスロー2世が、 26年の全面戦争を戦った。
双方が消耗しきったところへ、 アラブ軍が現れる。
ササン朝は消え、 ビザンツは領土の半分を失った。
200年守った線が、 それを捨てた戦争の後に、両方とも失われた。