サムエルとサウル
概要
最後の士師が、民に「王をくれ」と求められ、「王はあなたたちの息子を兵に、娘を料理人に取る」と言って、それでも油を注いだ。イスラエル最初の王。サウルは戦い、疑い、ダビデを追って、ギルボアで自分の剣に伏した。
場所
31.82°N 35.23°E · イスラエル
関わった人(2)
サムエル油を注いだサウル?–BC1010年頃 · 王本文
ヘブライ語聖書の伝えによれば、カナンの地に入ったイスラエルの部族たちには、長いあいだ王がいなかった。12の部族はそれぞれの土地に住み、外の敵に襲われると、神に選ばれた指導者「士師」が現れて人々を率い、危機が去るとまたもとの暮らしに戻った。しかし紀元前11世紀ごろ、地中海の沿岸に住みついたペリシテ人の圧力が強まる。ペリシテ人は鉄の武器を持ち、よく組織された軍を持っていた。部族ごとのばらばらな抵抗では、もはや太刀打ちできなくなっていた。
サムエルは、こうした時代に現れた人物として描かれる。子のいなかった母ハンナが神に祈り、生まれた子を神に捧げると誓って授かった子だった。幼いサムエルは、契約の箱が置かれていたシロの聖所で、祭司エリのもとで育てられた。ある夜、自分の名を呼ぶ声を聞き、それが神の声だと知る。こうしてサムエルは、神の言葉を人々に伝える預言者となった。

そのころ、イスラエルはペリシテ人との戦いに大敗し、神の臨在のしるしとされた契約の箱まで奪われた。エリの二人の息子は戦死し、知らせを聞いたエリは椅子から倒れて首を折って死んだ。奪われた箱は、ペリシテの町々に災いをもたらしたため送り返されたと伝えられる。その後、サムエルは各地を巡って民を裁き、人々をまとめて、ペリシテ人を一時退けたという。
サムエルが年老いると、裁きを任された息子たちは賄賂を取り、正しい裁きを曲げた。イスラエルの長老たちはサムエルのもとに集まり、「ほかのすべての国々のように、私たちを裁く王を立ててください」と求めた。サムエルはこの求めを喜ばなかった。神はサムエルに、民が退けたのはあなたではなく、私が彼らの王であることを退けたのだ、と告げる。それでも民の声に従え、ただし王がどんなものかを、はっきり告げよ、と。

サムエル記上の8章に記されたサムエルの警告は、王の権力を描いた古い言葉としてよく知られている。王はあなたたちの息子を取って、戦車や騎兵にし、自分の畑を耕させ、武器を作らせる。娘を取って、香料作りや料理人やパン焼きにする。畑とぶどう畑とオリーブ畑の良いものを取って家来に与え、収穫の十分の一を取り、奴隷と家畜を取る。あなたたちは王の奴隷となる。その日、あなたたちは自分で選んだ王のために泣き叫ぶが、神は答えない。民はそれでも、王を求めた。
王に選ばれたのは、ベニヤミン族のキシュの子、サウルだった。聖書は、イスラエルの中で彼ほど美しい若者はおらず、誰よりも肩から上だけ背が高かった、と描く。父の雌ろばがいなくなり、それを探して何日も歩き回ったサウルは、見つからないので、町にいる「先見者」に尋ねようとした。その先見者がサムエルだった。前の日に神から知らせを受けていたサムエルは、サウルを食事に招き、翌朝、二人きりになったところで、油の入った瓶を取ってサウルの頭に注ぎ、口づけをした。油を注ぐことは、神に選ばれた者を聖別するしるしである。ヘブライ語で「油を注がれた者」を意味する言葉が「メシア」の語源である。

その後サウルは、民の前でくじによって王に選ばれ、敵に囲まれたヤベシュ・ギレアドの町を救って、人々に王として認められた。しかし、サウルとサムエルの関係はしだいにこじれていく。戦いの前、サムエルの到着を待ちきれずにサウルが自分で生贄を捧げたこと、敵のアマレク人を滅ぼし尽くせという神の命令に背いて、敵の王と良い家畜を生かしておいたこと。サムエルは、神はあなたを王として退けた、と告げて去った。そしてひそかに、ベツレヘムのエッサイの末の子、羊飼いの少年ダビデに油を注いだ。
サウルは悪霊に苦しめられ、竪琴を弾いて心を慰めるために召し抱えたダビデが、やがて戦いで名を上げ、民の人気を集めると、激しく妬んで命を狙うようになった。ダビデは荒野へ逃れ、サウルは何年も彼を追い続けた。最後の戦いの前夜、すでにサムエルは世を去っていた。追いつめられたサウルは、自分で国から追い払ったはずの霊媒の女をエン・ドルに訪ね、サムエルの霊を呼び出してもらったと伝えられる。翌日、ギルボア山でのペリシテ人との戦いで、サウルの軍は敗れ、息子のヨナタンらも討たれた。深い傷を負ったサウルは、敵の手にかかることを嫌い、自分の剣の上に身を伏せて死んだ。

これらの話がどこまで史実を伝えているのかは、確かめるすべが乏しい。サウルの時代のものと確かに言える碑文などは見つかっておらず、年代も、紀元前1000年より少し前という大まかな推定にとどまる。サムエル記には、王を立てることを神への背きとみなす語りと、サウルを神に選ばれた救い手として描く語りが、並んで入っていると見る研究者が多い。王の制度に対する期待と不信が、一つの物語の中に同居しているのである。それでも、外敵の圧力の中で、部族の連合が一人の王のもとにまとまっていく姿は、多くの古代の国の始まりに通じている。サウルの後を継いだダビデは、やがてエルサレムを都とする王国を築いた(ダビデのエルサレム)。