概要
シャンゼリゼ劇場。ディアギレフのバレエ・リュス、ニジンスキーの振付。異教のロシアの春の儀式、乙女が踊り死ぬ。不協和音、拍子が変わり続け、踊りは内股で地面を踏む。客席が騒ぎ、罵り合い、殴り合い、警察。ストラヴィンスキーは舞台裏に逃げた。1年後、演奏会で喝采された。20世紀の音楽の始まり。
場所
48.86°N 2.35°E · フランス
関わった人(1)
イーゴリ・ストラヴィンスキーAD1882年6月17日–AD1971年4月6日 · 作曲した本文
1910年、『火の鳥』を書いている間に、ストラヴィンスキーは幻を見た。「異教の儀式。長老たちが輪になって座り、若い乙女が死ぬまで踊るのを見ている。春の神への生贄」。画家で考古学者のレーリヒと台本を作った。1911〜12年、スイスのクラランで作曲した。
『春の祭典 ロシアの情景』。第1部「大地の礼賛」。ファゴットの高い独奏(序奏)、「春の兆し」(弦の同じ和音を、不規則なアクセントで叩く。ホルン8本)、「誘拐」、「春の輪舞」、「敵の部族の遊戯」、「賢人の行進」、「大地の踊り」。第2部「生贄」。「乙女の神秘的な輪」、「選ばれし乙女への賛美」、「祖先の呼び出し」、「祖先の儀式」、「生贄の踊り」。拍子が小節ごとに変わる(5/16、3/16、4/16、2/8…)。複調。打楽器のようなオーケストラ。
ニジンスキー(ダンサー、28歳、振付は2作目)。バレエの反対。内股、爪先を内に、肩を丸め、膝を曲げ、跳ばずに地面を踏み、顔を横に。ダンサーは拍子が取れず、ストラヴィンスキーがピアノで叫びながら数えた。リハーサル120回。
1913年5月29日、木曜日。シャンゼリゼ劇場(開場して2か月、新しい劇場)。ディアギレフのロシア・バレエ団のシーズン。前の演目は『レ・シルフィード』。客席はパリの上流階級と、ディアギレフが招いた前衛(ラヴェル、ドビュッシー、コクトー、ガートルード・スタイン)。
ファゴットが始まると、笑い声。幕が上がって、内股の踊りで、罵声。「医者を呼べ」「歯医者だ」。ラヴェルが「天才だ」と叫んで、隣の婦人に唾をかけられた、と伝える。上流と前衛が殴り合った。警察が来た。ディアギレフは照明を点けたり消したりした。ニジンスキーは舞台袖の椅子に乗って、拍子を叫んだ。ストラヴィンスキーは第1部の途中で客席を出て、舞台裏へ。オーケストラ(モントゥー指揮)は最後まで弾いた。踊りも最後まで踊った。
何が起きたかは、証言が食い違う。騒ぎは音楽のせいか、踊りのせいか(踊りのせい、と言う人が多い)。ディアギレフは「私が望んだ通りだ」と言った。
1914年4月5日、モントゥーが演奏会で(踊りなしで)演奏した。喝采。ストラヴィンスキーは肩に担がれた。1940年、ディズニーの『ファンタジア』で恐竜の絶滅の音楽に使われた。ストラヴィンスキーは怒った。
ニジンスキーの振付は1920年代に失われ、1987年、ジョフリー・バレエが復元した。