概要
第二次大戦後、ヨーロッパに数百万の帰る場所を持たない人がいた。二十六か国がジュネーヴに集まり、難民を定義し、その保護を条約にした。核心は第三十三条のノン・ルフールマンである。迫害されるおそれのある地へ、追い返してはならない。当初は1951年以前のヨーロッパの事件に限られ、1967年の議定書がその制限を外した。定義は人種、宗教、国籍、政治的意見、特定の社会集団への帰属による迫害である。気候と貧困は、そこに入っていない。
場所
46.20°N 6.14°E · スイス(CERN・国際機関)
本文
**状況**。
(——**1945年、ヨーロッパ**。
〈**——**「故郷を失った人々」**(Displaced Persons、DP)。
**——**強制労働に連れてこられた者**。
**——**強制収容所の、生き残り**。
**——**戦争で、逃げた者**。
**——**そして、**戦後の国境の引き直しと、民族の追放**で、**動かされた者**。
**〈——ドイツ系の人々が、**東欧から、追放された**。**
**——推定、**1,200万人以上**。〉**
**——**総数で、**数千万**、とされる**。〉
**そして、**帰らない者**がいた**。
〈**——**「帰れば、殺される」**。
**——**ソヴィエト支配下の東欧**へ、帰りたくない者**。
**——**そして、**連合国は、当初、**強制的に、送還した**。
**〈——ヤルタ協定に基づく。**
**——「キールハウルの作戦」。**
**——送還された者の、多くが、**収容所へ送られ、あるいは、処刑された**。**
**そして、**送還を拒んで、自殺した者がいる**。〉**
**——**この経験が、**次の条約の、直接の背景である**。〉)
**会議**。
**1951年7月2日から25日、ジュネーヴ**。
(——**国連の、**全権外交使節会議**。
**26か国**が、参加した**。
**7月28日、**採択**。
**1954年4月22日、**発効**。〉)
**核心**。
(——**第33条**。
**「ノン・ルフールマン」**(non-refoulement、**追放と送還の禁止**)。
〈**——**「締約国は、**難民を、**その生命または自由が、人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員であること、または政治的意見のゆえに、**脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ、**いかなる方法によっても、**追放し、または送還してはならない**」**(要旨)。
**——**これが、**この条約の、心臓である**。
**そして、**現在、**慣習国際法**である、と広く認められている**。
**〈——つまり、**条約に入っていない国にも、及ぶ**。〉**
**——**例外**。
**〈——**国の安全にとって危険であると認めるに足る相当な理由がある者**、**
**そして、**重大な犯罪について有罪の判決が確定した者**。**
**——第33条2項。〉**〉)
**定義**。
(——**第1条A(2)**。
**「難民」とは**(要旨)——
〈**——**人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員であること、または政治的意見**を理由に、
**——**迫害を受けるおそれがあるという**十分に理由のある恐怖**を有するために、
**——**国籍国の外にいる者**であって、
**——**その国の保護を受けられない、または、その恐怖のために、受けることを望まない者**。〉
**——**五つの理由**。
**そして、**それ以外は、**入らない**。
〈**——**戦争そのもの**から逃げた人**は、**厳密には、条約の定義に、入らない**。
**〈——ただし、**内戦で、特定の集団が標的にされている場合**は、入りうる。**
**そして、**アフリカ統一機構条約(1969年)**と**カルタヘナ宣言(1984年)**は、**
**——定義を、**広げている**。**
**〈——「外部からの侵略、占領、外国の支配、または公の秩序を著しく乱す事件」。〉〉**
**——**貧困**から逃げた人。
**——**そして、**気候と、災害**から逃げた人**。
**——**入らない**。
**〈——「気候難民」という語が、**しばしば使われる**。**
**——そして、**法的には、難民ではない**。**
**——2020年、国連の自由権規約委員会が、**気候変動による生命の危険は、送還の禁止の根拠になりうる**、という見解を示した(テイティオタ事件)。**
**——ただし、それは、この条約の話ではない。〉**〉)
**制限**。
(——**1951年の条約には、**二つの制限**が、あった**。
〈**(1)**時間**——**「1951年1月1日前に生じた事件の結果として」**。
**(2)**地理**——**締約国は、**「ヨーロッパにおいて生じた事件」**に、限定することを、選べた**。〉
**——**つまり、**当初、これは、**ヨーロッパの、戦後処理のための条約**である**。
**——**そして、**1960年代**。
〈**——**アフリカとアジアの、脱植民地化**。
**——**そして、**新しい難民が、大量に、生じた**。
**——**条約が、**適用できない**。〉
**1967年、**議定書**。
〈**——**時間と、地理の制限を、**外した**。
**——**これで、**普遍的なものになった**。
**現在の締約国——**約149か国**(条約、議定書、あるいは両方)。
**〈——入っていない国**——**インド、パキスタン、バングラデシュ、レバノン、ヨルダン**、など。**
**——そして、それらの国が、**極めて多数の難民を、受け入れている**。**
**——「条約に入っていないが、受け入れている」。**
**逆に、「入っているが、受け入れを絞っている」国もある。〉**〉)
**そして、いま**。
(——**2023年末、**強制的に移動させられた人**は、**約1億1,700万人**(UNHCR)。
〈**——**そのうち、**「難民」**として認定された人が、**約3,750万人**。
**——**残りの多くは、**国内避難民**である**。
**〈——国境を、**越えていない**。**
**——だから、**この条約の対象ではない**。**
**——そして、**数としては、こちらのほうが、多い**。〉**〉
**——**そして、**条約が、**守られていない**、という批判が、繰り返しなされている**。
〈**——**「押し戻し」**(pushback)。
**——**地中海で、**船を、公海上で、押し返す**。
**——**そして、**「安全な第三国」**という概念**。
**〈——「別の安全な国を、通ってきたのだから、そこへ戻せ」。**
**——そして、その国が、本当に安全かどうか。〉**
**——**さらに、**「オフショア処理」**。
**〈——オーストラリアの、ナウルとマヌス島。**
**——そして、イギリスのルワンダ計画(2024年、政権交代で撤回)。〉**〉
**——**七十年前、**この条約を作った人々が、**何を見ていたか**。
〈**——**「帰れば殺される者を、**帰した**」**という、**直前の記憶である**。
**そして、**「どこの国も、受け入れなかった船」**の記憶**。
**〈——1939年、**セントルイス号**。**
**——ドイツから逃れた、937人のユダヤ人。**
**——キューバが、拒否した。**
**——アメリカが、拒否した。**
**——カナダが、拒否した。**
**——船は、ヨーロッパへ、引き返した。**
**——そして、乗客のうち、**254人が、ホロコーストで死んだ**。〉〉**)