概要
1882年、ニュージーランドのポート・チャーマーズを出た帆船ダニーデン号が、圧縮式の冷凍機を積み、羊5000頭分の枝肉を98日かけてロンドンへ運んだ。腐らずに着いた。以後、アルゼンチンの牛、オーストラリアとニュージーランドの羊、アメリカのバターが、ヨーロッパの食卓に流れ込んだ。イギリスの労働者が肉を食べられるようになり、ヨーロッパの農業は打撃を受けた。南半球の草原が、北半球の都市の胃袋に繋がった。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
本文
**問題**。
19世紀後半、イギリスは人口が急増し、都市労働者が増え、肉が足りなかった。値段が上がった。
一方、地球の反対側では、肉が余っていた。
**アルゼンチンのパンパ**。牛が数百万頭いる。しかし、輸出できるのは、皮と、獣脂と、そして塩漬け肉(チャルケ。硬く、まずく、奴隷の食料として売られた)だけ。
**オーストラリアとニュージーランド**。羊が数千万頭いる。目当ては**羊毛**である。毛を刈った後の羊は、脂を取るために煮られ、肉は捨てられた。
生きたまま船で運ぶ試みもあった。餌と水を積み、世話をし、それでも多くが死んだ。
**冷やす**。
自然の氷を使う輸送は、既にあった。1806年からアメリカのフレデリック・チューダーが、ニューイングランドの湖の氷を切り出し、おがくずで断熱してカリブと、インドのカルカッタまで運んでいた(「氷王」)。
しかし、赤道を二度越える航海には、氷は持たない。
**機械の冷凍**が要る。
**技術**。
- 1834年、ジェイコブ・パーキンス(アメリカ)が、蒸気圧縮式冷凍の特許を取った。 - 1856年、ジェームズ・ハリソン(オーストラリア)が、エーテルを使う製氷機を実用化した。 - 1859年、フェルディナン・カレ(フランス)がアンモニア吸収式を開発。 - 1873年、ハリソンが冷凍肉をイギリスへ送る試みを行い、**失敗した**(航海中に機械が止まり、積荷が腐った)。彼は破産した。
**最初の成功**。
1876年、フランスの船**フリゴリフィック**号が、カレの装置で冷却した肉をブエノスアイレスからルーアンへ運んだ。品質は悪かったが、着いた。
1877年、**パラグアイ**号が、より優れた装置(テリエ式)で、アルゼンチンからフランスへ、良好な状態の肉を運んだ。
**ダニーデン号**。
1882年、ニュージーランド。
帆船**ダニーデン**号(1320トン)に、ベル=コールマン式の**圧縮空気冷凍機**が積み込まれた(空気を圧縮し、冷やし、膨張させて温度を下げる。冷媒が空気なので、漏れても危険がない)。
2月15日、ポート・チャーマーズ出港。積荷は、羊4331頭、子羊598頭、豚22頭、そして鶏、七面鳥、バター、キノコ。
(積み込みの最中に、船倉で作業していた船長が凍傷にかかりかけ、また出港前に機械の不調で一度、全部を降ろして積み直している。)
航海は**98日**。喜望峰を回り、赤道を越え、5月24日、ロンドン着。
**荷は、完全な状態で届いた**。
『**タイムズ**』が書いた。
「この積荷が、まったく良好な状態で到着したことによって、**イギリスの食肉市場は、もはやイギリス自身の家畜に依存する必要がない**ことが証明された」。
売り上げは、ニュージーランドで売った場合の2倍以上。
**結果**。
(1)**南半球の食肉輸出産業が生まれた**。
ニュージーランドは、この年から羊肉の輸出国になった(現在も基幹産業である)。オーストラリア、アルゼンチン、ウルグアイ。
アルゼンチンでは、**フリゴリフィコ**(冷凍食肉工場)が港町に立ち並び、牛の品種がチャルケ用の在来種から、肉質のよいショートホーンやアバディーン・アンガスへ入れ替えられた。
(2)**イギリスの労働者が、肉を食べるようになった**。
安い輸入肉が、都市の労働者階級の食卓に入った。栄養状態が改善した。
(3)**ヨーロッパの農業が打撃を受けた**。
同時期、アメリカと東欧の安い**穀物**が、蒸気船と鉄道で流入していた。「**長期不況**」(1873〜96年)と呼ばれる時期に、ヨーロッパの農産物価格が下落し続けた。
デンマークは酪農と養豚に転じ、協同組合を作って対応した。ドイツとフランスは関税で守った。イギリスは自由貿易を続け、農業が縮小して、食料の輸入依存が固定した。
(この依存が、二度の世界大戦で、Uボートによる通商破壊の標的になる。)
(4)**アメリカ国内**。
1878年、グスタフス・スイフトが**冷蔵貨車**を実用化した。それまで、牛は生きたまま鉄道で東部へ運ばれていた。
シカゴで屠殺し、枝肉だけを運べば、輸送量が半分以下になる。
シカゴのユニオン・ストック・ヤードが、世界最大の食肉処理の場になった。
(アプトン・シンクレアが1906年に『**ジャングル**』を書いて、その労働と衛生の実態を暴いた。彼は労働者の境遇を訴えたつもりだったが、読者が反応したのは食品の不潔さだった。彼は言った。「私は国民の心臓を狙ったが、誤ってその胃袋を撃ってしまった」。同年、**純正食品薬事法**と食肉検査法が成立した。)
**その後**。
- 1913年、家庭用の電気冷蔵庫(アメリカ、ドメルレ)。 - 1920年代、**クラレンス・バーズアイ**が、ラブラドルで先住民が魚を極寒の外気で瞬間的に凍らせるのを見て、**急速冷凍**を開発した(ゆっくり凍らせると氷の結晶が大きくなり、細胞を壊す)。1930年、小売の冷凍食品が発売された。 - 1930年代、フロン(CFC)が冷媒として普及した。安全で効率がよかった。1974年、オゾン層を破壊することが指摘され、1987年のモントリオール議定書で規制された。 - **コールドチェーン**。生産地から消費者まで、途切れない低温の連鎖。これが、現代の食料流通の骨格である。
冷やす技術は、季節と距離を、食から取り除いた。