できごと

リサイクルのマーク

Recycling symbol
AD1970年
重要度 3
カナダアメリカ合衆国アメリカ合衆国グリーンランドメキシコキューバグアテマラAD1970年シカゴ
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1970年の版図を描いています(7勢力)。

概要

1970年の第一回アースデイに合わせ、段ボール会社が学生を対象に意匠を公募した。南カリフォルニア大学の学生ゲイリー・アンダーソンが、メビウスの帯を三本の折り返す矢印にした案を出し、選ばれた。会社は商標登録を試みたが争われ、結局、権利を主張せず公共の財産として開放した。誰でも使える。そのため、実際には再生されない製品にも印刷されるようになり、何を意味するのか分かりにくい記号になった。

場所

シカゴ
41.88°N -87.63°E · アメリカ・イリノイ州

本文

1970年4月22日、アメリカで最初のアースデイが開かれた。全国で二千万人ほどが参加したとされる。その背景には、環境の危機への不安の高まりがあった。1962年には『沈黙の春』が農薬の害を告発し、1969年にはカリフォルニア州サンタバーバラの沖で油田から原油が流れ出した。同じ年、オハイオ州のクヤホガ川が、浮かんだ油と化学物質で燃えた。実はこの川はそれ以前にも何度も燃えていて、1969年の火事は小さなものだったが、雑誌が大きく取り上げて、汚染の象徴になった。この年の12月には、連邦の環境保護庁が設けられる。

アースデイに合わせて、シカゴに本社を置く段ボールと包装の大手、コンテナ・コーポレーション・オブ・アメリカが、大学生を対象に、再生紙の製品につける図案を公募した。古紙を再生して段ボールにしていたこの会社にとって、再生を表すしるしは商売にも役立つものだった。

応募した一人が、南カリフォルニア大学で建築と都市計画を学んでいた二十三歳の学生、ゲイリー・アンダーソンである。彼はそれまで環境運動に深く関わっていたわけではなく、学内の掲示で募集を知り、数日で案を描き上げたという。土台にしたのは、メビウスの帯だった。細長い帯を一度ひねって端をつなぐと、表と裏の区別の無い、終わりの無い輪ができる。彼はそれを、三本の折り返す矢印の形にした。材料が集められ、作り直され、また使われる。その循環を、終わりの無い帯で表したのである。三本の矢印は、のちに回収、再生、再生品の購入の三つの段階を表すと説明されるようになったが、アンダーソン自身は、図案として三つで釣り合いが取れたから、という趣旨のことも語っている。

アンダーソンの案は一位に選ばれた。彼は賞金を得て、その金でヨーロッパを旅したと語っている。会社はこの図案を商標として登録しようとしたが、異議が出された。これは誰もが使える公共のしるしであるべきだ、というのである。会社は争わず、権利を主張しないことにした。この判断が、図案を世界中に広めることになった。誰でも自由に使えるからこそ、あらゆる包装に印刷されるようになったのである。

だが、誰でも使えるということは、何の保証も無いということでもあった。このマークがついていても、それが「再生できる」という意味なのか、「再生された材料から作った」という意味なのかは、見ただけでは分からない。再生できると書いてあっても、その地域にそれを集めて再生する仕組みが無ければ、意味を持たない。さらに混乱を深めたのが、1988年にアメリカのプラスチック業界が作った、樹脂の種類を示す表示である。三本の矢印の三角形の中に、一から七までの数字を入れた。これは材料の種類を示す記号で、再生できることを意味しない。一番のペット樹脂と二番のポリエチレンの一種はわりあいよく再生されるが、三番から七番は多くの地域で再生されていない。それでも、三角の矢印がついているせいで、多くの人が再生できると受け取った。業界は消費者の誤解を承知のうえでこの形を選んだのではないか、という批判が繰り返されてきた。カリフォルニア州は2021年、実際には再生されていない製品にこのマークを使うことを禁じる法律を作った。日本でも、ペットボトルについている三角の矢印に「1」のマークは同じ系統の表示だが、日本では法律にもとづいて、容器の種類ごとに回収の仕組みと結びついた識別マークが定められ、2001年からは「プラ」や「紙」のマークの表示が義務づけられた。

現実の数字は厳しい。2017年に発表された研究によれば、それまでに世界で作られたプラスチックのうち、再生されたのはおよそ九パーセントにすぎず、十二パーセントほどが焼却され、残りの八割近くは埋め立てられるか、海や陸の環境の中に散らばった。その九パーセントの中にも、ペットボトルが衣服の繊維になり、そこで行き止まりになるような、一度きりの品質を落とした再生が多く含まれている。豊かな国の廃プラスチックは、長いあいだ中国へ資源として輸出されていたが、2018年1月に中国が受け入れを止めると(中国がごみを受け入れなくなる)、世界のごみの流れは行き場を失った。送り先は東南アジアの国々に移り、そこでも規制が強まって、多くは焼却や埋め立てに回されることになった。

アンダーソンはその後、都市計画の技術者として、インドネシアやサウジアラビアなど世界各地で働いた。長いあいだ、自分がこのマークの作者だと名乗ることは無く、1990年代に雑誌の記事で掘り起こされるまで、作者の名はほとんど知られていなかった。数日で描いた図案が、生涯のどの仕事よりも多くの人の目に触れている、と彼は語っている。マークからは、賞金のほかには何の収入も得ていない。

このマークは、世界で最も多く印刷されている記号の一つになった。だが、それが何を約束しているのかを、はっきり言える人は少ない。メビウスの帯には終わりが無い。それは、物を捨てずに使い続ける理想の姿である。現実の物の流れは、多くの場合、その輪のどこかで途切れている。

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