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Event / できごと

呉楚七国の乱

Rebellion of the Seven States
BC154年
重要度 3

概要

諸侯王が削封に反発して挙兵したが3か月で鎮圧された。以後、権力は中央へ集まる。

本文

諸侯王が、領地の削減に反発して挙兵した。

漢は建国時、 功臣と一族に広い領地を与えていた。 その王たちが、独自の軍と財政を持つ。

呉王は塩と銅を握って豊かだった。 「呉楚七国」と呼ばれる連合が立つ。

3か月で鎮圧された。

きっかけを作った鼂錯という官僚は、 反乱側が「彼を除け」と要求したため、 朝廷が処刑して収めようとした。 それでも反乱は止まらなかった。

鎮圧後、諸侯王の権限は大きく削られた。 官吏の任命権を取り上げ、 領地を子に分割相続させて細分化する。

中央集権が進む。

武帝が対外遠征に出られたのは、 この整理が済んでいたためになる。

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