概要
リヴァプール・アンド・マンチェスター鉄道が開業した。世界で最初の、旅客の定期運行を主とする鉄道である。馬車は客が集まれば出たが、鉄道は時刻表で出る。だから客が、あらかじめ来て、待つ。切符を買う窓口、荷物を預ける場所、そして等級ごとに分かれた待合室が要った。開業式で、下院議員ハスキソンが線路上で轢かれて死んでいる。速く動く機械の前で、人がどう振る舞うべきかを、誰もまだ知らなかった。
場所
53.41°N -2.99°E · イギリス・マージーサイド州
本文
**それまでの、旅の出発**。
(——**乗合馬車**(ステージコーチ)。
〈**——**宿屋の中庭から、出る**。
**——**そして、**時刻は、**おおよそ**である**。
**〈——客が、揃えば、出る。**
**——揃わなければ、待つ。**
**——そして、道の状態と、馬の具合で、着く時刻が、変わる。〉**
**——**待つ場所は、**宿屋の、酒場である**。
**——**そこで、**飲んで、待つ**。〉
**——**そして、**「駅」という建物が、**要らなかった**。〉)
**1830年9月15日**。
(——**リヴァプール・アンド・マンチェスター鉄道**、開業**。
〈**——**世界で最初の、**旅客の定期運行を主とする、都市間鉄道**である**。
**〈——ストックトン・アンド・ダーリントン(1825年)が先だが、**
**——主に、**石炭を運ぶ**ものであり、**旅客は、馬が引いていた**時期がある。〉**
**——**距離、**約56キロ**。
**——**そして、**両端に、**旅客のための建物**が、要った**。
**〈——リヴァプールの**クラウン・ストリート駅**。**
**——そして、マンチェスターの**リヴァプール・ロード駅**。**
**——後者が、**現存する、世界最古の旅客駅の建物**である。〉**〉)
**何が、必要になったか**。
(——**「時刻表で、出る」**からである**。
〈**——**客が、**あらかじめ、来て、待つ**。
**——**そして、**遅れたら、**乗れない**。〉
**(1)**切符を売る窓口**。
〈**——**それまで、**馬車の御者に、直接、払った**。
**——**そして、**「切符」という考え方**が、**要る**。
**〈——最初は、**手書きの紙**である。**
**——1837年、**トマス・エドモンドソン**が、**
**——**厚紙の、小さな切符**と、**日付を打刻する機械**を、作った。**
**——そして、**通し番号**。**
**——「何枚、売れたか」が、**数えられるようになった**。**
**〈——それまで、**駅員の着服**が、防げなかった。〉〉**〉
**(2)**荷物を、預ける場所**。
**(3)**そして、**待合室**。
〈**——**等級ごとに、**分かれていた**。
**〈——一等、二等、そして三等。**
**——そして、初期の三等は、**屋根の無い、貨車**である。**
**——「客車」ですら、なかった。**
**——1844年の鉄道規制法(グラッドストン法)が、**
**——「屋根と座席のある三等車を、一日一往復、走らせること」**を、義務づけた。〉**
**——**さらに、**女性専用の待合室**。
**〈——「レディース・ウェイティング・ルーム」。**
**——そして、暖炉と、鏡と、女性の付き添い。〉**〉
**(4)そして、**時計**。
〈**——**駅に、**大きな時計**が、掛かる**。
**——**そして、**それが、**町の、公式の時刻になった**。
**〈——後に、**鉄道が、標準時を、要求する**。〉**〉)
**ハスキソン**。
(——**そして、**開業式の日**。
〈**——**ウィリアム・ハスキソン**(下院議員、元・商務院総裁)。
**——**列車が、給水のために、止まった**。
**——**乗客が、**線路に、降りた**。
**〈——「危険である」という認識が、**まだ、無い**。〉**
**——**そして、**彼は、**ウェリントン公爵**(当時の首相)の車両へ、挨拶に、歩いて行った**。
**〈——二人は、政治的に、対立していた。**
**——和解しようとした、とされる。〉**
**——**そこへ、**別の線路を、**ロケット号**が、来た**。
**——**彼は、**慌てて、扉に掴まろうとし、**転落した**。
**——**そして、**脚を、轢かれた**。
**——**その日のうちに、死んだ**。〉
**——**そして、**この事故が、**繰り返し、語られている**。
〈**——**「速く動く機械の前で、**人が、どう振る舞うべきか」**を、**誰も、まだ、知らなかった**。
**——**そして、**それは、**学ばれなければならなかった**。
**〈——ホームの端に、線を引く。**
**——柵を、立てる。**
**——そして、「線路に、降りてはならない」。〉**〉
**——**それでも、**その日の運行は、続けられた**。
〈**——**マンチェスターに着くと、**群衆が、石を、投げた**。
**——**穀物法と、機械化への、反発である**。〉)
**その後**。
(——**駅が、**次第に、**大きく、そして、**荘厳になった**。
〈**——**ロンドン、ユーストン**(1837年、ドーリア式の門)。
**——**パディントン**(1854年、ブルネル)。
**——**セント・パンクラス**(1868年、ゴシック復興)。
**——**ニューヨーク、グランド・セントラル**(1913年)。
**——**そして、**東京駅**(1914年)。〉
**——**そして、**「大聖堂」**に、なぞらえられた**。
〈**——**理由**。
**〈(1)**巨大な、鉄とガラスの屋根**。**
**(2)**そして、**人が、そこで、待ち、**別れ、**そして、迎える**。**
**——「感情の、集まる場所」。〉**〉)
**そして、いま**。
(——**待合室が、**減っている**。
〈**——**理由**。
**(1)**運行が、**正確になった**。
**——**「時刻に、行けばよい」**。
**(2)**そして、**手元の画面で、**遅延が、分かる**。
**(3)さらに、**駅が、**商業施設になった**。
**〈——「待つ場所」から、**「買う場所」**へ。**
**——そして、椅子が、減った。**
**——「長く留まらせない」という設計。〉**
**(4)そして、**排除**。
**〈——「敵対的な設計」。**
**——横になれない、仕切りのあるベンチ。**
**——そして、それが、**誰を、排除しているか**。〉〉**
**——**そして、**「待つ」ことが、**そもそも、悪いこと**になった**。
〈**——**百九十年前、**駅は、**待つために、作られた**。〉)