概要
ベルリンの絵具屋ディースバッハが、赤い顔料を作ろうとして、汚染された炭酸カリを使った。動物の血から作られたもので、鉄と反応し、赤ではなく深い青ができた。それまでの青は、アフガニスタン産のラピスラズリを砕いたウルトラマリンで、同じ重さの金に迫る値だった。新しい青は、桁違いに安い。ヨーロッパの絵画が変わり、やがて長崎経由で日本へ入る。北斎の富嶽三十六景の、あの青である。後にシアン化物の化学と、青写真の技法も、ここから出た。
場所
52.52°N 13.40°E · ドイツ
本文
**それまでの青**。
(**(1)**ウルトラマリン**。
〈**——**ラピスラズリ**を、砕いて、精製する**。
**——**産地は、**アフガニスタン、バダフシャン**の、**サル・イ・サング鉱山**。
**〈——事実上、そこ一か所である。**
**——六千年、掘られている。〉**
**——**「海を越えて来たもの」**(ultra-marinus)。
**——**そして、**値**。
**〈——同じ重さの、**金に、迫る**、と言われた。**
**——契約書に、**「ウルトラマリンを、何オンス使うこと」**と、書かれた。**
**——そして、**聖母マリアの衣**に、使われた。**
**——最も、高価な顔料を、最も、重要な人物に。〉**
**——**さらに、**精製が、極めて、手間がかかる**。
**〈——石を砕いても、**灰色になる**。**
**——蝋と樹脂と油で練り、**灰汁の中で、揉み出す**。**
**——チェンニーニが、その方法を、詳しく書いている。〉**〉
**(2)**アズライト**(藍銅鉱)。
〈**——**安い**。
**——**そして、**緑に、変わる**。
**〈——湿気で、**孔雀石になる**。**
**——だから、古い絵の空が、緑になっていることがある。〉**〉
**(3)**スマルト**(コバルトガラスの粉)。
〈**——**粗い**。**そして、**油の中で、褪せる**。〉
**(4)そして、**インディゴ**。
〈**——**染料である**。
**——**顔料としては、**弱い**。〉
**——**つまり、**「安くて、鮮やかで、褪せない青」**が、**無かった**。〉)
**偶然**。
(**1706年頃**(1704年とする説もある)、**ベルリン**。
〈**——**ヨハン・ヤーコプ・ディースバッハ**。**顔料の製造者**である**。
**——**彼は、**フィレンツェ・レーキ**という、赤い顔料を、作ろうとしていた**。
**〈——コチニールを、**明礬と、硫酸鉄と、炭酸カリ**で、沈殿させる。〉**
**——**そして、**炭酸カリが、切れた**。
**——**そこで、**同じ建物にいた、**ヨハン・コンラート・ディッペル**から、借りた**。〉
**——**そして、**それが、汚れていた**。
〈**——**ディッペルは、**「動物油」**(Dippel's oil)**を、作っていた**。
**〈——動物の血と骨と角を、**乾留する**。**
**——万能薬として、売っていた。**
**——そして、**極めて、臭い**。〉**
**——**その残りを、**炭酸カリの精製に、使い回していた**。
**——**だから、**その炭酸カリに、**窒素と炭素の化合物**が、混じっていた**。〉
**——**そして、**赤ではなく、**深い青**が、できた**。
〈**——**鉄と、シアン化物イオンが、**錯体を、作った**。
**〈——フェロシアン化鉄。**
**——化学式は、およそ Fe₇(CN)₁₈。**
**——構造が、正確に決まったのは、**20世紀後半**である。〉**〉)
**そして、隠された**。
(——**ディースバッハと、**ディッペル**が、**製法を、秘密にした**。
〈**——**そして、**1710年代から、**ベルリンで、売られ始めた**。
**——**「ベルリンの青」**(Berliner Blau)。
**——**あるいは、**「プロイセンの青」**。〉
**——**1724年**。
〈**——**イギリスの**ジョン・ウッドワード**が、**製法を、公表した**。
**——**そして、**誰でも、作れるようになった**。〉
**値**。
〈**——**ウルトラマリンの、**十分の一以下**、とされる**。
**——**そして、**遥かに、大量に、作れる**。〉)
**絵**。
(——**ヨーロッパ**。
〈**——**ヴァトー**、**ゲインズバラ**、**そして**ターナー**。
**——**さらに、**ホガース**と**カナレット**。
**——**空と、水と、影に、使われた**。
**——**そして、**ピカソの「青の時代」**にも**。〉
**日本**。
〈**——**18世紀後半、**長崎から、入った**。
**——**「ベロ藍」**(ベルリンの藍)、**あるいは**「ベルリン藍」「紺青」**。
**——**最初、**極めて、高価だった**。
**〈——輸入品である。〉**
**——**そして、**1820年代から、**安く、大量に、入るようになった**。
**〈——中国経由で、安価なものが、来た。〉**
**——**そして、**浮世絵の版元が、**それを、使い始めた**。
**〈——渓斎英泉の「藍摺絵」(1829年頃)。**
**——そして、**葛飾北斎『富嶽三十六景』**(1831年頃)。〉**
**——**「神奈川沖浪裏」**の、**あの青**である**。
〈**——**それまでの日本の青は、**露草**と、**藍**である**。
**〈——露草は、**極端に、褪せやすい**。**
**——数十年で、消える。**
**——だから、古い浮世絵の空が、白くなっている。〉**
**——**プルシアンブルーは、**褪せない**。
**——**そして、**深い**。
**〈——北斎は、**その色が、手に入ったから、あの絵を、描けた**、と、しばしば論じられる。**
**——技術が、先にあって、表現が、それに続いた。〉**〉
**——**そして、**その絵を、**ヨーロッパの画家が、見た**。
〈**——**ドビュッシー『海』**の、初版の表紙**。
**——**そして、**ゴッホと、モネ**。
**——**プロイセンで生まれた青が、**日本を回って、**フランスへ、戻った**。〉)
**その先**。
(**(1)**青写真**(シアノタイプ、1842年、ジョン・ハーシェル)。
〈**——**紙に、鉄の塩を塗り、**光を当てる**。
**——**そして、**水で洗うと、**プルシアンブルーが、生じる**。
**——**設計図の複製**に、使われた**。
**〈——だから、設計図を「ブループリント」と呼ぶ。〉**
**——**そして、**アンナ・アトキンズ**が、**海藻の標本を、この方法で、記録した**(1843年)。
**〈——世界最初の、**写真を使った書物**とされる。〉**〉
**(2)**シアン化物の化学**。
〈**——**この顔料から、**シアン化水素**が、**単離された**(シェーレ、1782年)。
**——**そして、**「シアン」**(cyan)**という語が、**この青**から、来ている**。
**〈——ギリシア語で、暗い青。〉**〉
**(3)そして、**薬**。
〈**——**プルシアンブルーは、**タリウムと、放射性セシウムを、**体内で、捕まえる**。
**——**そして、**便として、排出させる**。
**——**WHOの必須医薬品リストに、載っている**。
**〈——チェルノブイリと、福島の後に、**家畜への投与**が、行われた。**
**——そして、**1987年のゴイアニアの事故**(ブラジル、セシウム137)で、**
**——人に、投与された。〉**〉)