概要
名誉革命の翌年、匿名で。第一論はフィルマーの王権神授説を潰し、第二論が本論。自然状態、自然権(生命、自由、財産)、労働による所有、同意による政府、信託、抵抗権。「政府が信託に背けば、人民は新しい立法部を作る権利を持つ」。アメリカ独立宣言はここから。ロックは死ぬまで著者だと認めなかった。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
関わった人(1)
ジョン・ロックAD1632年8月29日–AD1704年10月28日 · 書いた本文
ロバート・フィルマーの『パトリアーカ(族父論)』(1680年、遺稿)。王の権力はアダムの父権から来る。神が与えた。臣民は子供。1680年代、王弟ジェームズ(カトリック)の王位継承を排除しようとする「排斥危機」で、トーリー党が使った。
ロックはシャフツベリ伯(排斥派の指導者)の側にいた。1679〜83年頃に書いた、と考えられる(出版の1689年でなく。ロックは名誉革命を正当化するために書いたのでなく、革命を起こすために書いた、とラズレットが1960年に示した)。1683年、ライハウス陰謀(チャールズ2世とジェームズの暗殺計画)で、シャフツベリ派が逮捕され、ロックはオランダへ逃げた。原稿の一部を燃やした(第一論の後半が失われている)。
1688年11月、ウィリアムがトーベイに上陸。12月、ジェームズが逃げた。1689年2月、メアリがオランダから帰る船に、ロックが乗っていた。10月、匿名で出版した(表紙の日付は1690年)。『統治二論。前編ではサー・ロバート・フィルマーとその追随者の誤った原理と根拠が発見され、覆される。後編は政治的統治の真の起源、範囲、目的に関する試論』。
第一論。フィルマーを一文ずつ潰す。アダムは父権を持たなかった。持っていても、その相続人は分からない。分かっても、王は相続人でない。
第二論。第2章、自然状態。「完全な自由の状態」。しかし「放縦の状態ではない」。自然法(理性)が「誰も他人の生命、健康、自由、財産を害してはならない」と教える。各人が自然法を執行する権利を持つ。第5章、所有。神は世界を人類共有に与えた。「各人は自分自身の身体に所有権を持つ。彼の身体の労働は彼のもの。彼が自然の状態から取り出し、自分の労働を混ぜたものは、彼の所有物になる」。ただし「他人にも十分に、同じくらい良いものが残されている限り」。貨幣が、その限界を超えさせる。第7〜9章、政治社会。自然状態の不便(裁判官がいない)。同意で政治社会を作る。目的は「財産(プロパティ=生命、自由、資産)の保全」。第11章、立法権は最高だが、恣意的でなく、公布された法で、財産を同意なしに取れず、他に移せない。第13章、権力は人民の「信託」。第19章、政府の解体。「立法部が人民の財産を侵し、自分や他人を人民の生命、自由、財産の絶対的な主人にしようとするとき、それは信託に反し、人民は服従を解除され、新しい立法部を作る自由を持つ」。抵抗権。「天に訴える」。
1776年、ジェファーソン。「生命、自由、幸福の追求」(財産を幸福の追求に変えた)。「政府は被治者の同意から正当な権力を得る」「いかなる政府もこれらの目的を破壊するとき、人民はそれを変え、廃止する権利を持つ」。ロックの言葉が、独立宣言の骨。
ロックは1704年に死ぬまで、著者だと認めなかった。遺言の追加で認めた。