← 地図で見る
Event / できごと

捕虜の消息を集める

International Prisoners-of-War Agency
AD1914年8月21日
重要度 4
大英帝国ロシア帝国デンマークフランス領西アフリカオスマン帝国ドイツ帝国アルジェリアAnglo-Egyption Sudanポルトガル帝国Arabia (Nejd)ペルシアリビアエジプトオーストリア=ハンガリー帝国スウェーデンノルウェーフィンランドフランスBritish Protectorateスペイングレートブリテン及びアイルランド連合王国モロッコKingfom of ItalyルーマニアアイスランドブルガリアチュニジアRio De OroセルビアギリシャアゼルバイジャンSpanish SaharaジョージアAD1914年8月21日ジュネーヴ
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1914年8月21日の版図を描いています(33勢力)

概要

第一次世界大戦が始まって三週間、ジュネーヴの赤十字国際委員会は、美術館の建物を借りて捕虜の消息を扱う窓口を開いた。家族からは「息子は生きているか」という手紙が届き、交戦国からは捕らえた兵の名簿が届く。その二つを突き合わせるために、名前ごとに一枚のカードを作り、国籍と身分で分けて並べた。ボランティアは千人を超え、戦争が終わるころ、カードは六百万枚を超えていた。消息が分かれば家族に知らせ、手紙と小包の通り道にもなった。一人ひとりの名前を、国の数ではなく紙の一枚として扱う仕組みだった。

場所

ジュネーヴ
46.20°N 6.14°E · スイス(CERN・国際機関)

本文

**赤十字**。

(——**1859年、**北イタリアの**ソルフェリーノ**で、**大きな戦いがあった**。

〈**——**ジュネーヴの実業家**アンリ・デュナン**が、**通りがかった**。

**——**戦場に、**何千もの負傷者**が、**置き去りにされていた**。〉

**——**彼が書いた本**から、**1863年、**ジュネーヴに、**委員会**が、できた**。

〈**——**のちの**赤十字国際委員会**である**。

**——**翌年、**傷ついた兵を、**敵味方なく、**手当てする**という**条約**が、結ばれた**。〉

**——**1870年、**普仏戦争**。

〈**——**バーゼル**に、**負傷兵と捕虜の消息**を、扱う窓口**が、**置かれた**。

**——**規模は、**小さい**。〉)

**1914年**。

(——**8月、**戦争が、**始まる**。

〈**(1)**動員**された兵は、**数千万**。

**(2)**そして、**最初の数週間**で、**何十万**が、**捕らえられる**。

**(3)さらに、**家族には、**何も、知らされない**。

**〈——戦死か。**

**——**捕虜か。**

**——**行方不明か。〉〉**

**——**8月21日、**ジュネーヴ**で、**窓口が、開いた**。

〈**——**国際捕虜中央案内所**。

**——**やがて、**旧市街の、**ラート美術館**の建物**を、**借りる**。

**——**絵を、**片づけ、**机を、並べた**。〉)

**二つの手紙**。

(——**届くものは、**二種類**ある**。

〈**(1)**家族**から**。

**〈——「息子の消息を、**知りたい」**。**

**——**名前、**所属の部隊**、**最後に、**手紙が来た日**。〉**

**(2)**そして、**交戦国**から**。

**〈——捕らえた兵の、**名簿**。**

**——**そして、**死亡の通知**。〉〉**

**——**二つ**を、**突き合わせる**。

〈**——**これが、**仕事の中身**である**。〉)

**カード**。

(——**名前ごとに、**一枚**。

〈**(1)**問い合わせ**が、**来たら、**カードを、作る**。

**(2)**そして、**名簿**に、**名前が、**あったら、**別のカード**を、作る**。

**(3)さらに、**国籍**と、**兵か、**民間人か**で、**分ける**。

**(4)そして、**名前のアルファベット順**に、**並べる**。

**(5)さらに、**同じ名前**の、**二枚が、**並んだら、**照らし合わせる**。

**〈——合えば、**家族に、**知らせる**。〉〉**

**——**難しさ**。

〈**——**綴り**が、**揺れる**。

**——**同じ名前**が、**何百もある**。

**〈——ドイツの「ミュラー」。**

**——**フランスの「マルタン」**。〉

**——**だから、**生年、**出身地、**部隊**で、**見分ける**。〉

**——**手**。

〈**——**集まった**ボランティア**は、**千人を、**超えた**。

**——**多くは、**ジュネーヴの市民**で、**女性が、**多かった**。

**——**分類の仕組み**を、**作ったのも、**委員会の女性**だった**と、**伝えられている**。〉)

**六百万枚**。

(——**戦争が、**終わるころ**、**カードは、**六百万枚を、**超えていた**。

〈**——**扱った捕虜**は、**二百万人**を、**超える**と、**言われる**。〉

**——**消息を、**伝える**だけではない**。

〈**(1)**捕虜と家族の**手紙**を、**運ぶ**。

**(2)**そして、**小包**を、**届ける**。

**(3)さらに、**収容所**を、**訪ねて、**扱いを、**見る**。〉

**——**1917年、**委員会**に、**ノーベル平和賞**。

〈**——**戦争中**の、**ただ一度の授与**である**。〉)

**残ること**。

(——**戦争**は、**人を、**数で、**扱う**。

〈**——**師団**。

**——**損害**。

**——**捕虜の総数**。〉

**——**この窓口は、**逆をやった**。

〈**——**一人を、**紙一枚**として、**扱う**。

**——**そして、**その紙**を、**待っている家族**が、**一つずつ、**いる**。〉

**——**カードは、**いまも、**ジュネーヴに、**残っている**。

〈**——**2007年、**ユネスコの**「世界の記憶」**に、**登録された**。

**——**そして、**名前で、**引けるように**、**公開されている**。

**——**曾祖父の名**を、**探しに来る人**が、**いる**。〉

**——**この仕事は、**第二次世界大戦**でも、**その後の戦争**でも、**続いている**。

〈**——**そして、**戦争が、終わったあとにも**。

**——**[[china-orphans-visit-1981]]**。

**——**別れて三十六年後**に、**探しに来る**人もいた**。〉)

同じ時代のできごと

日清戦争1894年条約改正(日英通商航海条約)AD1894年7月16日第三次ペスト大流行1894年東学農民戦争AD1894年ドレフュス事件AD1894年12月22日X線の発見AD1895年11月8日リュミエールの映画上映AD1895年12月28日乙未事変AD1895年10月8日
この項目は誰でも直せます。編集する編集履歴
AD1914年の世界を地図で見る国境・できごと・生きている人が、その年のものに入れ替わります歴史データベースとは? →