概要
羊皮紙に、海岸線と港の名を書き、そこへ32方位の線を放射状に張り巡らせた海図。内陸は空白のことが多い。船乗りが実際に測った針路と距離の集積で、地中海の形は驚くほど正確である。最古の現存は1290年頃の「ピサ図」。ジェノヴァ、マヨルカ、ヴェネツィアが作った。理論から描いた地図ではなく、航海の経験を紙にしたもの。緯度も経度もない。羅針盤とセットで働いた。
場所
44.41°N 8.95°E · イタリア・リグーリア州
本文
13世紀の終わり、地中海に、それまでにない種類の地図が現れた。
**ポルトラーノ海図**(イタリア語 portolano「港の案内書」から)。
羊皮紙一枚(多くは羊一頭分。首の部分がそのまま残っているものもある)。描かれているのは、海岸線だけ。港と岬の名が、内陸へ向かって直角に、びっしりと書き込まれる。重要な港は赤、それ以外は黒。
内陸は、ほとんど空白。あっても、山を象徴的に描くか、王の絵を置くか、飾りである。
そして、**方位線**。図の上に、いくつかの中心点が置かれ、そこから32方位(風配図の方向)へ、線が放射状に引かれる。線は図全体を網の目のように覆う。
**使い方**。出発地と目的地を結ぶ線を引き、それに最も近い方位線を探す。その方位が、進むべき羅針盤の針路になる。距離は、図の縁の縮尺の目盛りで測る。
**正確さ**。地中海と黒海の形は、驚くほど正しい。近代の測量図に重ねると、大きく崩れない(メルカトルの図法より前に、なぜか正距方位に近い性質を持っている、と分析されている)。
北ヨーロッパの海岸線は、これに比べると精度が落ちる。
**謎**。誰が、どうやって作ったのか。分かっていない。
前段階の地図が見つかっていない。最古の現存例(1290年頃の「カルタ・ピサーナ」)が、既に完成された形をしている。
有力な説明は、無数の船乗りの記録の集積である。ポルトラーノ(港の案内書。ここからここへ何マイル、方位は何、という文の羅列)が先にあり、羅針盤の普及で方位が数値化され、それを図に起こした。
つまり、これは学者が理論から描いた地図ではない。**経験を、そのまま紙にしたもの**である。緯度も、経度も、投影法もない。地球が球であることも考慮していない。
**作った場所**。ジェノヴァ、ヴェネツィア、ピサ、そしてマヨルカ島のパルマ。
マヨルカでは、ユダヤ人の工房が名高かった。**アブラハム・クレスケス**とその子ジャフダが、1375年、アラゴン王のために『**カタルーニャ地図帳**』を作った。6枚(現在は8枚に分割)の羊皮紙。地中海のポルトラーノに、アジアの部分をマルコ・ポーロの記述から加えてある。
その左下に、有名な図がある。ラクダに乗る商人の隊列と、玉座に座って大きな金塊を掲げる黒人の王。**マリのマンサ・ムーサ**。「この黒人の君主は、その土地に産する金の豊かさゆえに、この地方で最も富み、最も高貴な王である」。
**その後**。大航海時代に入ると、緯度が使われるようになる。太陽の南中高度から緯度は出る。ポルトガルの海図は、赤道と回帰線と、緯度の目盛りを持つようになった。それでも、方位線の網は、慣習として19世紀まで海図に残った。
ポルトラーノ海図そのものは、いま、美しい工芸品として博物館にある。多くは、実用のためでなく、贈答用に飾り立てて作られたものである。実際に船に積まれて使われた図は、塩と水で傷んで、ほとんど残らなかった。