概要
荘園の年貢を奪い、幕府の命令に従わない者たちが各地に現れた。悪人ではなく、商いと運送と山野の民が、既存の支配の枠に収まらなくなった姿になる。
場所
京都
35.03°N 135.76°E · 日本・京都府
35.03°N 135.76°E · 日本・京都府
本文
鎌倉時代の後半、荘園の領主たちが幕府に訴え出るようになる。 年貢を奪う、城郭を構える、命令に従わない者たちがいる。 文書はそれを「悪党」と呼んだ。
盗賊ではない。 多くは在地の武士で、運送や金融や交易に関わっていた。 柿色の帷子に女物の笠、といった目立つ格好をしていたという記述もある。
背景には、銭の流入がある。 中国から大量の宋銭が入り、年貢が米から銭に変わり、 物と金を動かす人びとが力を持った。 土地に縛られた支配の仕組みが、それに追いつかない。
幕府は繰り返し取り締まりを命じ、効果は上がらなかった。 やがてその一部が、鎌倉幕府を倒す側に回る。 楠木正成もそう呼ばれた一人になる。
網野善彦は、悪党を「悪い者」ではなく、 農業だけでは説明できない中世の日本が表に出てきた姿として読んだ。
出典(2)
網野善彦 『日本の歴史をよみなおす』第2章 貨幣と商業・金融
呉座勇一 『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』前史(地方の実力者の台頭)